12 作品作り

 入り江に行くとすぐにリューが浜に上がって来てくれた。


「ライちゃん!」


 リューは笑顔で言った。


「リュー、おはよ。」

「ライちゃん、怒ってる?」


 アタシは寝不足のせいで意識せず不機嫌な声でリューに返してしまったようだ。アタシは昨日の夜更かしのせいであくびをした。


「怒ってないよ。昨日仕事で遅くまで起きてたからね。」


 アタシは笑顔で言った。


「よかった。私も昨日遅くまで起きてたよ。」

「ふーん。なんで起きてたんだ?」


 アタシはキャンパスやら画架イーゼルやらを準備しながら言った。下書きを終えたキャンパスを画架イーゼルに立てかけた。


「んー。夜中に何回か起きちゃうんだ。なんでだろ。」


 リューはぱたぱたと手の砂をはらいながら言った。少しだけ彼女の身体が震えているような気がした。アタシがあのキャンパスを渡すと、リューは嬉しそうに見て、吹っ切れたような顔になって、蒼い瞳でアタシを見上げた。


「ま、いいや。ね、ライちゃん。コンテストの、どうなった?」

「いいってさ。そうだ、その人店長やってるんだけど。その人がさ、よろしくね、頑張ってね、って言ってたよ。」

「ふふふ。ライちゃん、てんちょーさんにありがとうって伝えてくれる?てんちょーさんいい人だね。」


 リューは、ほっぺたを赤くし、笑って言った。店長がいい人だってことはわかるが―。


「リュー、これ。アンタのキャンパスだよ。一緒に頑張ろ。」


 なんだか、リューを店長に取られた気がして、ムッとなりながらアタシはリューに真っ白なキャンパスを渡した。


「うん!ライちゃん、ありがとう。」


 アタシの昏い気持ちを吹き飛ばすほどの笑顔を浮かべ、彼女は元気に頷いて言った。


 真っ白いキャンパスにはなにが載るのか。


 蒼い洞窟の絵が載るのか。


 それとも、前見せてくれた彼女の「世界」が載るのか。


 はたまた、違う絵が載るのか。


 アタシは楽しみで仕方ない。


 リューは、キャンパスやアタシのあげた油彩セットを広げ、迷いなく絵の具を乗せ始めた。


 下書きをしないのかな、と心配するアタシを尻目に彼、女はどんどんと絵の具を載せていく。


 負けじとアタシも絵の具を載せていくことにした。


 波の打ち寄せる音が心地いい。


 大地と海の境目って不思議だ。


 海の住人リュー陸の住人アタシが、こうやって交流している。


 それに、海の音は、心を落ち着かせてくれるような気がする。


 岩場の色を載せ終える。


 とても時間がかかったが、まだまだたくさん時間はあるんだから大丈夫だろう。


 リューにあげたキャンパスにそっくりの、岩の配置だ。丁寧に、繊細に載せた。


 違うところは―。


 あそこに溢れていた、蒼い色。


 その蒼はまるで―。


「ラーイちゃん。すごい、キレイだね。」


 リューがアタシのそばに来ていた。彼女からフッと香る、潮の香り。いつも嗅ぐような潮の香りとは違う、とてもいい香りだった。


「リュー?終わったのか?」

「ううん。終わってないけど―。ちょっと眠くって。」


 ふにゃっとしたあくびをして彼女は言った。


 眠いと絵に影響するからな。


「ライちゃん、一緒にお昼寝しよ?」


 昼下がり、日向は暑そうだがアタシ達がいる日陰はとても涼しい。アタシも眠かったし、ちょうどいい。リューの艶っぽいお誘いにドキッとした事を押し隠しながらアタシは言った。


「いいよ。」


 アタシはキャンパスと画架イーゼルを片付けた。


 リューは波打ち際にコロンと横になって、すぐに眠ってしまった。彼女はちょうど顔に水ががかかるくらいのところに横になっていた。よくそんなとこで寝れるな、と思ったが彼女は海の住人だ。海の中で眠るのが普通なんだ。


 ふわふわ、ゆらゆらと彼女の明るい茶色の髪が水中で揺れ、白くて細い首筋が見えた。いつもは見えない、彼女のエラブタがゆっくりと動いている。


 彼女と話していると忘れてしまうが、リューは人魚なんだ。


 人間と変わらないのに―。


 アタシは暑かったので下着になって、波打ち際の波がかからないところに寝転び、眠ることにした。


………


 コツン、という何か硬いものが頭に当たった気がして、目を覚ました。リューはすやすやとまだ眠っているみたいだから、リューではなさそうだ。


 誰だと思って見ると、リューと初めて会った時に彼女が話しかけていたカモメがいた。アタシの髪を引っ張ったり突っついたりしている。


「おい、やめてくれよ。」


 そう言ってアタシは上体を起こした。起きても、カモメはチョンチョンとアタシの手を突っついている。


 嘴で器用につねったりするからちょっと痛い。


 アタシは腕についた砂粒をはらい、畳んで置いた服を着た。道具箱にクラッカーの袋が入っていることを思い出し、カモメにやってみることにした。これをあげれば突っつくのをやめてくれるかもしれない。


 カモメに歯はないが、肌を嘴で挟まれると痛い。


「クラッカーでも食うか?」


 なおも嘴でアタシの手を挟み続けるカモメにクラッカーをちらつかせると、すぐに釣れた。小さく割ってカモメにやると、嬉しそうに一枚分を食べてしまった。


 カモメはリューの近くに行き、彼女の頭を突っついた。


「おい、やめろって。」


 リューは気持ち良さそうに眠っている。起こしたらかわいそうだ。昨日のことを思い出しながら、カモメを追い払おうとした。


「ん…?」


 目を擦ってリューは起きてしまった。


 カモメ…。


 なんていうやつだ。


「あ。ライちゃん、おはよ。」


 彼女はにこっと笑って言った。まだいくらか眠そうにとろんとした瞳をしている。カモメに起こされたことなんて気にしていなさそうだ。カモメはリューの近くで浮かび、波に揺られている。


 パクッと彼女の白い腕をカモメは嘴で優しく挟んだ。


「リュー、そいつが…。」

「カモメさん?とってもいい子なんだ。私のお友達。」


 ふふっとリューは笑って、カモメを砂浜にあげた。カモメは嬉しそうだ。


 魚達の時といい、このカモメといい。リューは動物達に好かれやすいのかもしれない。

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