10 悪夢

 足が痺れてきたので、気持ちよさそうに眠っているリューには悪いが、起きてもらいたい。


「おーい、リュー?もう起きてくれ。」


 ペシペシと痛くないくらいに彼女の腕を叩く。

が、不快そうに顔をしかめただけで起きてはくれない。


 なかなかしぶといぞ、こりゃ。


「リュー、朝だぞー?起きてくれ。」


 今度はちょっと強めに腕を叩く。これまた顔をしかめるだけ。結構痺れてきたので、ほっぺたをペチペチする作戦に出た。


 彼女の両頬に手を伸ばすと、ふいっと彼女の首筋に手が触れてしまった。


 その瞬間、

「イヤッ!」

 リューが絶叫した。


 リューは混乱してとんっとアタシの胸を押した。いや、突き飛ばそうとしたのか?彼女の力は水の中で見せた強い力ではなく、華奢な彼女に見合うくらいの弱々しいものだった。


「おい、リュー大丈夫か?」


理解が追いつかず、アタシはおろおろとして彼女にきいた。まだ彼女は夢の中にいるみたいだ。


「やだ、やめてよぉ、イヤ!」


 アタシの太腿の上で絶叫し続けるリューは、何か恐れているようで、アタシが呼んでいるのに気付いていない。


 悪夢を見ているようだ。


「んっ、やめて…。イヤ…。おねがい、やめて…。」


 なお絶叫し続けるリュー。恐怖で体が震え、強張っている。


 急いでリューを夢から醒させようと、彼女の肩をしっかりと掴んで揺する。


「おいリュー!アタシだ、ライカだ!起きろ、おい!」


 大声を出し、必死に彼女を揺さぶる。


 彼女の振った手は、弱々しかったが、アタシのアバラに入って思わずリューの肩を掴んだ手に力が入ってしまった。


 それでなのかはわからないが、リューは目を醒した。


「やめ…。ん…ライちゃ…?あ、わ、私…あのっごめ、私…。」


 状況を把握したのか、彼女はアタシに謝ろうとした。彼女の瞳には大粒の涙があった。混乱していてか、恐怖でなのかわからないが、言いたいことが出てこないらしい。


「大丈夫だ、リュー。アタシは気にしてない。とにかく、落ち着け。」


 アバラのことを気にしているのだろう、と思ったアタシは、リューを落ち着かせるように冷静な声で言った。


「でも、ライちゃん、私…。ライちゃんは違うのに…。本当、ごめ、あのっ私、悪い夢を見てて…。ライちゃんが…。」


 彼女は俯いて、申し訳なさそうに言った。


 どうやらアバラの件で謝っているのではないらしい。アタシは彼女の夢の中に出てきた…のか?


「大丈夫だって。夢の中のアタシはアタシじゃないだろ?」

「そうだけど、ライちゃんは私の夢に出てこな…。あ、あれ?私、どんな夢を見てたんだっけ?」


 リューはキョトンとしていた。夢のことなんて、微塵も覚えていないようだ。が、恐怖でまだ震えている彼女の身体と、涙を湛えた蒼い瞳が、今見ていた夢が悪夢であったことを物語っている。


 リューがどんな夢を見ていたか気になるが、思い出したら辛くなってしまうだろう。好奇心を抑え、アタシは言った。


「まあいいさ。悪い夢は忘れちまうに限る。思い出さないように頑張れよ。」


 よかったよかった、とアタシはポンポンとリューの頭を撫でた。思い出さないようにって方が、思い出せ、よりも難しかったりする。いつ何時思い出してしまうかわからないから。悪夢を思い出してしまったら、また傷ついてしまうだろう。


「えへへ、思い出さないように頑張るってなんか変な感じだね。」


 頬を赤くし、可憐な笑みを浮かべて彼女は笑った。


「リュー、アンタさ、コンテストに興味あるか?」


 アタシは話題を切り替えるためでもあるが、才能の塊と言えるような彼女は、コンテストに興味があるのかどうか気になった。


「あの…。」


 もじもじと彼女は返答に迷っているようだ。


「コンテストにはアタシも出品するんだ。開催日の一週間前までに完成させなきゃいけないんだけど…。」


 描きたいものが多すぎて、間に合うかわからないが、それでも関係なく、アタシはこの絵を完成させたかった。


コンテストはこの国最大級のもので、国中から画家達が集まるのだ。


天才リューという宿敵ライバルを増やしてしまうかもしれないが、アタシはそれでいい。天才リューの絵を、アタシが見た感動を、みんなにも見て欲しい。

 

「あの、私なんかが出していいの?だって…。」


 そういうと、リューは自分の下半身に目を落とした。人魚だってことを気にしているのか?人間だろうが人魚だろうが、絵の世界には関係ないはずなのだが、人魚はやっぱりこの街、いやこの国中では恐れられている。


「あはは、そこは考えてあるさ。とっても信頼できる人がいるんだ。そいつに代わって出してもらうってのはどうだ?まだ出してくれるかどうか聞いていないけど。」


 それは本当だ。


 あの人は変人だけれど、アタシが一番信頼している人なのだから。代わって出すのは、彼女の誇りプライドが許さないかもしれないが―。


「代わって…?」


 彼女は俯いて、考えながら言った。どうだろう。彼女ぐらいなら、優勝を獲れると思う。


「うん!やってみたい。ライちゃんに貰った油彩絵の具で、描いてみたい!」


彼女はパッと顔を上げ、言った。彼女の顔には笑顔があり、期待も滲ませている。


「よし、じゃあ今日聞いてみるな。リュー、明日から頑張ろう。」


ニカっと笑って、アタシは言った。

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