9 ほっぺた
「ライちゃん!」
アタシが入り江に入ってきてすぐにリューは姿を現した。リューは今日も元気にアタシを呼んだ。彼女はパシャっとヒレで水を叩き、嬉しそうに泳ぎ寄ってきた。
「よう、リュー。」
リューに挨拶をした。アタシは今日、
「ライちゃん、それキレイ!どうしたの?」
アタシの首のペンダントを指差してリューは言った。彼女はキラキラしたものやキレイなものが好きなのだろう。もしあの硝子細工を彼女にプレゼントしたら、リューは喜んでくれただろうか。
いいや、とても喜ぶに違いない。
「ああ、これか?昨日アンタから貰ったの石をペンダントにしたんだ。」
パチンと留め具を外して、彼女に見せた。白銀の鎖が海の光を受けて青色を帯びている。琥珀は青さに負けずに、黄金色に輝いていた。
キラキラと目を輝かせて、彼女はペンダントを見た。
「つけてみるか?」
彼女はきっと元気にうん、と返事をするだろう。どれだけ似合うか、アタシも見てみたかった。
リューは少し考えて言った。
「ううん。それはライちゃんのもの。それに、私よりライちゃんの方が似合ってるよ。」
リューは首を振ってそう言った。緩んだ笑顔でアタシを見た彼女の髪が揺れ、水滴が滴った。
アタシなんかよりずっと美しい彼女に「似合う」と言われても説得力がないな、と思ったが、リューはアタシのために言ってくれたのだろう。
ペンダントを首に戻し、日陰になるところに
もちろん、リューも砂浜にあがり、アタシの隣に来た。あのキャンパスを渡すと、彼女は自分からよく見えるところの岩に立てかけた。
「ライちゃん、足、また触ってもいい?」
「いいよ。」
アタシは快く承諾する。下半身が魚の彼女は、アタシ達人間が立って歩いていることが奇妙でならないのだろう。そう考えると、不思議な気持ちだ。だってアタシ達が普通と思ってることが、彼女には普通じゃないから。
こんなに近くにいて、親密のに触れ合っているのに、価値観は根本的に違うのだ。
リューがちょんちょんとアタシの足を触る。ちょっとくすぐったいが、不思議と絵に集中できた。
「ねーねー、ライちゃん!」
下書きが半分ほど終わった時、リューがアタシを呼んだ。いいところなので、描き込んでから返事をする。
「なんだ?」
キャンパスにはリューにあげた絵と同じ構図の、蒼い世界の風景が、下絵だが、そこに有った。
「あのね、そこの上で寝てもいい?」
彼女はアタシの太腿を指差して言った。膝枕をしろってことだろうか?いや、太腿枕?
「いいよ。」
可愛いやつだな、と思いながら承諾した。アタシの太腿はあんまり感触はよくないと思うけれど…。
二言目にはライちゃん、ライちゃんで、昔飼っていたた犬っころみたいな子だ。
「やった!」
リューはアタシの太腿に飛び込んできた。彼女の体重がアタシの太腿にのしかかり、痛かったが彼女のひんやりとした体温で痛みはすぐ引いた。
彼女はほっぺたでアタシの太腿の感触を確かめているようで、すごくくすぐったい。
「んー、お母さんとは違うな。でもなんか安心する。」
お母さんとは違うっていうのは当たり前だろ、と思うがそう言われて悪い気はしない。
「ライちゃん、このままここで絵を見てていい?」
「どうぞ。」
彼女の体温が心地よくって、下書きも進むだろう。
ふふふっと笑い、嬉しそうなリュー。ちょっとワガママなところがあるってとこがリューの可愛いところだと思った。
なんだか友達より妹のようだな、と思いながら下書きを進める。
すっすっと鉛筆が進む。キャンパスにはアタシの思い描いた景色―。あの、リューが見せてくれた蒼い世界の
あのキャンパスの続きを描きたい。
その一心で下書きをし続ける。
だって、あの空白に何を描くか、わかったんだから―。
だけど、キャンパスの中心は下書きをしなかった。リューを驚かせたいから、キャンパスの中心は空白のままにした。
「リュー。見てくれ、できたよ。」
そう言って空を仰いだアタシは、リューの返事を待った。すごいね、と言うのか。はたまたなぜ空白なのかと問うだろうか?
しかし、リューの返事はない。
変だなと思って彼女をみた。リューは眠っていた。すやすやと寝息をたてて幸せそうだ。
アタシはリューを起こさぬよう、そっとキャンパスなどを片付けた。
ゆっくり焦らずに描こう。今回はいい絵ができそうだ。
アタシはふと彼女のほっぺたを触ってみたくなった。彼女の白さもあって、とても柔らかそうだ。
人差し指でほっぺたを触ると、ふにっとしており予想通り柔らかい。なんというか、異国のお菓子「プディング」を少し硬く仕上げた感じだ。
彼女の体温が低いのはきっと、海で生きているからだろう。
彼女は起きる気配が全くないので、ほっぺたを寄せて変顔を作ったり、口角を上げて笑顔にしたり。
時折不快そうにリューは顔をしかめるが、その姿もまた可愛らしい。
ふにふにと飽きのこない触り心地だが、ちょっとやりすぎた気がして止めることにした。
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