7 ガラス細工
砂浜に着いた。
身体が疲れていて、火照っているのを感じた。
大きく水を吐き出す。その代わりに地上の空気を吸った。
「ありがとう、リュー。とっても楽しかった。」
砂浜に座り込んで、笑顔で言った。水を吸った服が重い。手足が地上の重力を忘れてしまっていた。
言葉を言った時、鼻からちょっとだけ水が出てきた。
「えへへ、よかった。私も楽しかったよ。」
彼女は笑顔で言った。
本当に楽しそうだった。
「あとさ、コンテストに出す題材が決まった。」
アンタを描こうと思ったと言いかけたが、やめた。だって―。
「本当?」
彼女はいっそう笑顔を輝かせ言った。描いた後に、リューをモデルにしたんだ、と言ったら彼女はもっと喜んでくれるだろうか?
きっとすごく喜んでくれるに違いない。アタシはリューの笑顔を思い浮かべて、完成するまで内緒にしておこう、と思った。
「もう帰っちゃうの?」
と残念そうに言った。
「まあね。ちょっと仕事が入っちゃってさ。」
アタシは道具箱を整理しながら言った。店長の仕事もそうだが、今日リューからもらったスカラベの宝石をペンダントにしようと思っている。
ペンダントにしてもらうには時間がかかるはずだ。
アタシはズボラだから宝石をなくしてしまうかもしれない。
「リュー、これありがとね。じゃあ、また明日。」
アタシはニカっと笑って言った。ほっぺたが上がって、笑顔になったことを感じた。
「ライちゃん、私こそ、ありがとう。こんな楽しい日、久しぶりだよ。また明日。これ、ありがとう。」
彼女は油彩セットを愛おしそうに見つめながら言った。
人間を殺す、なんて噂を流したり、何にも知らずに恐れている奴らをぶん殴ってやりたくなった。だってリューの表情は、すごく穏やかで。なんというか、
リューだけかもしれないが。
入り江を後にすると、ばしゃんと大きな音がした。
リューがアタシの注意を覚えていてくれたみたいだ。
相変わらず元気いっぱいで、悩みなんてなさそうな水の音を背に受け、砂浜を歩いていく。
アトリエにいったん帰り、服を着替えることにした。
服は乾いていたが、キラキラと白い塩の結晶がたくさん付いていた。髪は、夜洗えばいいか。ベタつかない、さらさらの海水でよかった。隣の国ではベタつく海水らしい。
同じ海なのに、海水の質が違うのは不思議だ。
さっと手ぐしで髪をすくと、ゴワゴワとしていた。潮で傷ついてしまったようだ。ふわふわとしたリューの髪の毛とは全く違う。
作品用のキャンパスはもう確保してあるし、貯金してあった画材を買うための金を財布に入れた。
あの石をペンダントにするにはいくらかかるかアタシにはわからなかったから。
アルレアネの近くにある、宝石店に向かう。その宝石店からはアタシの生家が見えた。
ドアを開けると、カラカラと軽い音が聞こえた。
貝殻でできたベルだった。
「いらっしゃい。」
眼鏡をかけて、小太りの男店主がアタシに言った。
「これ、ペンダントにできるか?」
アタシは石を差し出す。店主は石を受け取ると眼鏡を取り顔から石を遠ざけて見ていたが、カウンターから
「これをどこで?」
「友達から貰った。」
リューは人魚だが、友達には変わりない。でもたぶん彼女は海で拾ったはずだ。
「…これは琥珀ですね。」
店主は目をきらきらさせて言った。
琥珀か。アタシの国では琥珀はそう珍しいものではない。海流がなんとかで流れ着くとかなんとかって聞いたことがある。
「この琥珀はとても珍しい。見てください、これを…。」
店主はそう言ってルーペをアタシに覗かせた。スカラベがさっき見た時よりもはっきりと見えた。琥珀の中のひび割れのようなものが、鱗のように見える。
「この琥珀にはスカラベが入っているでしょう?蟻や蚊の入った琥珀は見たことがありますが…。わたくし、長年宝石装飾士として生きていますが、スカラベの入った琥珀なんて見たことがない。腕に依をかけて装飾いたします!」
興奮したように早口で語る店主。アタシに聞き取れたのは最後の腕に依をかけて作ってくれる、ということだけだった。
「あの、代金は?」
「琥珀は柔らかいですから、加工は簡単です。お客さんから持って来てくださったので、ナレ貨二十枚程度ですね。」
ほほう。結構お安く済みそうだ。まあ、リューがくれたもの。いくらかかっても、貯金のある限りは出すつもりだったが、金が残るのは嬉しかった。
「じゃあ、しばらくお待ち下さい。」
店内を見て回ることにした。西日を受け、硝子の箱の中の装飾を施された宝石達が輝いている。
一際美しく見えた
この
…なんだか恋人に贈るものを選んでいるみたいだ。
気づけばリューのことを考えている気がしてならない。
だけど、アタシは女の子で、リューも女の子だ。
迷いを振り払おうとするようにウロウロと店内を回っていく。硝子箱の中にはきっちりと宝石が陳列されていた。
こんな風にアルレアネの店長も並べてくれればいいのに。アタシだったらずっと眺めてるだろう。
硝子箱の一番端っこには、一際美しく輝く細工があった。ヒトデを
色付きの硝子…?
それとも大きな宝石を使っているものなのだろうか?
「お客さん?できましたよ。」
「ん、ああ、ありがとう。」
魅入ってしまったようで、店主がアタシに話しかけていることを気づかなかったようだ。ペンダントが入っている包みを受け取った。
「これ…。」
アタシは指差しながらこれは何でできているか、きこうとした。
「それですか?硝子細工の髪飾りで、一点物になっております。もしかして、お気に入りですか?」
「いや…。」
ただ、ただリューに似合うかな、って思っただけだった。
硝子細工の
あの硝子細工は…。また、な。
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