第2章 2月15日0時27分

 窓の外からは相変わらず吹雪の音が響いていた。日付が変わり、3人も焦りから黙々と原稿を書き進める。

 つけっぱなしのラジオからは流行りの曲が流れていた。

 

「春休みどっか行きましょうよ。温泉がいいなあ。箱根とか伊豆とか」唐突に鷹山が言った。

「いいよな2年は気楽で。就活中だって俺らは」と研二。

「ちょっとくらい息抜きしましょうよお。研二さん車あるし」

「先輩を足にする気かよ」

「いいじゃないですか。ね、宏樹さんも」

宏樹は就活セミナーや説明会の予定が詰まった手帳を開いて見せ、首を振りながら深いため息をついてみせた。

 ふふっ、と鷹山が笑う。

「なんだよ」

「いやあ、昔のこと思い出しちゃって。小学3年生くらいのとき、学校で将来の夢を書かされたんですよ。それで俺は『フリーターになりたい』って書いたんですよね。それを発表したら何故かウケて。友達とか、クラスの男子の大半が真似して将来の夢はフリーター、って書いたんですよね。そしたら先生がブチ切れて俺がめちゃくちゃ怒られたんですよ。夢はそういうのじゃないんだ、とか言って。あれは納得いかなかったなあ」

「同じようなことあったよ俺も」苦笑いしながら研二が言った。

「何にでも好きなことやれとか言ってた親父が、俺が中学でアニメーターになりたいから専門学校行かせてくれって言ったら殴られたよ。そりゃもう大ゲンカになってさ、1ヶ月くらい口聞かなかったからなあの時は」

「それ初耳だな、お前アニメーター志望だったの」

「そうそう、AKIRA観て完全にハマっちゃってさ。今思うと恥ずかしいけど、当時は超本気だったよ。でも母親がちゃんとした大学行って真っ当な大人になってくれ、って泣きながら言ってきて。失礼すぎるよな、アニメーターの人に。結局冷めて、普通に受験して今に至る、って感じ」

「それは母ちゃんにムカつきますね」

 大人の言う「ちゃんとした」「真っ当な」というのは、自分たちの、つまり親の体裁が守られ、近所に自慢できる息子かどうかと言うことだ。親たちの価値観でいかに満足いく人間に子供を育てるか、それに尽きている。なんて残酷でつまらないんだろう。そして宏樹を含め、大学生をやっている人間のほとんどが、そのことに気付きながら大人になっているのだ。自分たちをまるでペットか何かのように育て、価値観を押し付けてきた親たちの思想を内在化しながら。そして子供ができる頃には、同じことが繰り返される。

「なあ、将来子供は欲しいと思う?」

宏樹は2人に聞いてみた。

「急にどうした」

「いや….。俺は親になれる気がしないな、と思って。人間を育てるなんて、価値観を押し付けてしまいそうで怖い」

「自意識過剰だ。子供は勝手に育つもんだろ。親の役割なんてたかが知れてる」

「そうかなあ」

「そういう想像はですねえ」

 酔った鷹山はまたにやけながら言う。

「せめて彼女出来てから言ってくださいよ」

「うるせえ!てめえ自分だけモテるからって」

「くたばれ女たらし!なんで文芸部のくせに彼女持ちなんだよ!」

「あーはいはい僻み僻み」

 中学生か、というほど童顔で小柄な鷹山はなぜかよくモテる。いまは3つ年上で社会人の彼女がいるらしい。

「だいたいですねえ」酔っ払った鷹山は面倒臭くなるのだった。

「先輩たちはちょっとでも彼女作ろうと努力したことあるんですか」

 2人は黙って貝ひもを食べた。

「なにもしてない訳でしょ?それでモテようだなんて言っても」

「簡単に言ってくれるな、これでも努力はしてるつもりだ」

「例えば?」

 宏樹は改めて考えたが何もしていなかった。

「うーんと、研二は」

「いや…特にはなんも」

「純文学ばかり読んでつまらんブログ書きまくっててもモテせんよ」

「てめえ当てこすりか」と鼻白む研二。

「何も行動せず口を開けば彼女が欲しい、そんな人間がモテる訳ないでしょ」

「嫌だ、寂しい、彼女欲しい…」

「そして文芸部あるある、モテないクソ文系男子であるというアイデンティティに居心地の良さを感じちゃってるんですよ!駄目なナード学生の傷の舐め合いに!ああだせえ!」

 やめろーっ、と叫んだ研二が鷹山に飛びかかって腕ひしぎ十字固めを決め、宏樹はカウントを取った。

 暴力反対!元柔道部はみんな馬鹿!と喚きながらジタバタ抵抗する鷹山の手が当たり、近くに積み上げられていた本の山が崩れた。

「おっ、なんだこれ」

 ようやく鷹山を離し、研二がその中の一冊を手に取った。


 ≪ 『諸相』第1号 昭和51年2月18日 文芸研究会刊行 ≫


 それは宏樹が前に部室で見つけた昔の部誌だった。後で読んでみるか、と持ち帰りそのまま積ん読の本に埋もれていたようだ。

「当時は研究会だったんだな」

 現在の『諸相』と比べてかなり薄い。目次を見ると、4名の名前がある。

 ≪太田和人 杉村謙 佐々岡裕太 岩見真彦≫

 それぞれ一作ずつ短編を書いているようだった。

「これって多分、創立メンバーだな」

「40年以上前から存在したんだな、部誌」

「なんか歴史を感じちゃいますね」鷹山がしみじみと言った。

 おもむろに研二が部誌を引き寄せる。

「おい、これって…」

 4人の名前の文字を指で差した。

「人、杉、岡、真…を並び替えると」

「「杉岡真人」」宏樹と鷹山の声が重なった。

「ほんとだ!すげえ!この4人から一文字ずつ取ったんだな」

「へー!じゃあ例の連載はもしかしてこの人たちの誰かが…?」

「いや、後の世代がこの名前から取って、適当に名乗っただけかもしれないだろ」

「そっかあ」

「文芸部がそんなに長く続いてるとは知らなかった」

 宏樹は傍らの本の山をかき分け、昨年度版の『諸相』を引っ張り出した。

「ここ見てくれ、杉岡氏の文章の最後に<42>って書いてあるでしょ。これが続いた連載の回数だよ、多分」

「昭和51年からなら計算も合ってるな」

「第1号の連載ってどうなってるんだろ」

 研二は第1号の『諸相』をめくり、最後のページを開いた。3人で覗き込む。

「あっ、これ」

 鷹山が指差す先には、「杉岡真人」の名前と<1>の文字があった。

「凄い…当時からこの名前だったんだ」

「ナンバー振ってて、内容も続きがある感じで終わってるってことは当時から連載のつもりだったんだろうな」

「でも初代の部長がずっと書いてるって説は消えたな。42年間書き続けてるなんて考えられないし」

「それはそうだな。まあその説推してるやつ誰もいないけど」


 その時、宏樹の携帯にメッセージが届いた。開くと、同学年の文芸部員、橋本からだった。

『BBS見てみろ、面白くなってるぞ』


「橋本がなんか言ってる」

 2人に知らせながら、宏樹はそのまま携帯を操作してBBSを開く。


『永田:

 文芸部員の皆様

 お疲れ様です。

 私はこの部のOBです。便宜的に永田と名乗らせていただきますが、これは仮名です。

 無事に発行されれば、明日締め切りの『諸相』は第43号となるかと思います。

 皆さんご存知のとおり、部の最後のページには『杉岡真人』を名乗る人物の連載が掲載されています。実は、この連載の作者は私です。長らく続けてきた連載ですが、今回、私情によりこの連載を終了することにいたしました。突然の話で恐縮ですが、文芸部の掲示板という便利なフォームがあったため、この場にて発表させていただきました。これまで『諸相』の誌面をお借りし、文章を書くことができたのは幸せなことでした。本当にありがとうございました。文芸部の更なる活躍と発展を祈念しております。それでは御機嫌よう』


「なんだこれ…」

 3人は顔を見合わせた。

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