2 ツグミ

「『記録欠如病』……不治の病……」

 大学の資料室。ほこり臭くてかなわん。

 私のいる、一番端の棚は、私以外誰も見ていない。一つため息をつくと、ほかにも資料を三つ取って、あの人を探す。

「あ」

 いたいた。

 その人は、資料をノートにひたすら書き写している。コピー機の音が嫌いらしい。私の足音に気づいたのか、顔をあげてぺこりと頭を下げる。

「こんにちは、三門さん」

「こんにちは、宇藤くん」

 大きな眼鏡と茶髪が目立つ、一見軽そうで実は大学デビューのガリ勉。

 ……というのが、彼のお決まりの自己紹介で、宇藤真という名前も、彼のためだけに用意されたのではと思うほど。

 そして、資料室で記録欠如病について調べているうちに仲良くなった、私と意見が初めて合った人。

「あ、今日も……」

「うん。どーうしても、治す方法を見つけたいの」

「……マイナーな病気ですよ。基本生まれつきだし、そもそも病気の人が少ないです。そのくせ、この病気で亡くなる患者は100パーセント。『とりあえず』の方法はあっても、『確実』はない。ちゃんとした不治の病です」

 ちゃんとした不治の病。

 その言葉に、胸が苦しくなる。

 今まで不治と言われていた病気たちは、時間が経てば治す方法は見つかったし、

亡くなる確率だって下がっている。

 だから、ちゃんとしている不治の病。嫌な言い方だけど、否定できない。

「……そもそも、どうして三門さんは、この病気に執着するんですか」

「えっ?」

「いやだって……普通、もっとたくさんの人のために頑張るでしょ」

「あー……まあそれは、そうかもね……」

 理由と言われても、私のは、完璧な私情だからなあ……。

「……私……助けたい人が、いるんだよね」

「……と、いうと?」

「小さい頃から仲いい友達」

「へえ……」

「……宇藤くん、気にならないの?」

「何がですか」

「え、いやだからさ……その、友達のこと」

「あ、聞いてよかったんですか」

 顔をあげずに、しかも棒読みで聞いてきやがった。自分で聞いてきたくせに。感情的に言葉を発しそうになるけど、ぐっと飲み込んで、冷静な言葉を口にする。

「聞いて、いいよ」

「ふうん、そうですか。まあ、聞きたいことはないんですけどね」

「あ、そお……」

 眉間が痛くなってきた。

 そりゃ、知っても知らなくても、関係ないんだろうけど。

 ちょっと、分かってほしいのに。

「……なんですか」

「え? あ、ごめん」

 どうやら睨んでいたらしい。眼鏡の奥から、不審そうに私を見つめてくる。

 よく考えたら、勉強しながら私の話を聞いてくれていたのだ。さっきまでいらいらを募らせていたことが、急に申し訳なくなる。

「なんでもない。ごめんね」

「え、何で謝るんですか。らしくないですよ」

「どういうことよ」

 小さく笑って、自分の持ってきた資料をぱらぱらとめくる。

 宇藤くんみたいに丸写しする気力……私にはない。でも、読んで、覚える。できる限り役立ちそうなことを探す。

 窓から差し込む光の色が変わった頃、ふ、と支えているページの重みがなくなった。

「……どうです? 進みました?」

「ううん……やっぱり、同じだよ」

 『持ち出し禁止』のシールが貼ってある、最後のページ。

 それを見てしまうと、唐突に、これから何もできず、大切な人の病気を治すこともできない自分が頭を巡る。

「新しいことは、書いてない。やっぱり、自分で考えるしかないのかなあ……」

「あの」

「ん?」

「今思ったんですけど、お相手、友達なんですよね?」

 すざくんのこと。席を立とうとしたのも束の間、私は宇藤くんの方を向く。

「……失礼かもしれません」

「なに? 言っていいよ」

「はい」

 急に真剣な目を見せてくる。なぜだか、少し、心が焦る。

「『治してあげたい』っていうのは」

 唾を呑む。喉のあたりの感覚が、やけに濃い。

 宇藤くんの言葉は、まっすぐ私に突き刺さってきた。

「三門さんの、一方的な気持ちじゃないですか?」

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