気になるアイツと超能力-3



 気が付くと、私は、廊下に不自然に置かれた椅子に座っていた。窓から差す西日が、辺り一帯を橙に染めている。


「ここは……」


 何の気なしに呟くと、意外にも横から答えが返ってきた。


「見ての通り、廊下だね。僕に見覚えのないあたり、紺野さんの出身中学校じゃないかな」


「あ、本当だ。…………って、星宮!?」


「うん、星宮だよ?」


「知ってるよ……」


 はぁ、とため息をひとつ吐き出し、眉間を押さえる。一体何がどうなっているっていうんだ。全く状況が掴めない私に、人差し指を立てた星宮は得意げに推測を語りだす。


「紺野さん、君が着ている制服は、君の中学校のものだよね? 紺野さんは今セーラー服を着てるけど、うちの高校はブレザーだもん。で、こんなところに不自然に置かれた椅子から察するに、今は三者面談待ちか何かじゃないかな? 各教室の前に似たような不自然な椅子に座ってる生徒がいるみたいだし」


「なるほどね……じゃあ、私たちは――タイムリープしてきた、っていうの?」


「どうだろう。それは違うんじゃないかな? だってほら、今ここに僕がいるし。さしずめ、この三者面談が紺野さんの『分岐点』で、この分岐で違う選択をした場合の未来が見られる、ってかんじじゃない? だいたい、これがタイムリープで、紺野さんがこの三者面談で『違う高校に進みたいと言う』とかしようものなら、まず高校で僕に出会わない、だからここで『やり直し』する未来も訪れない、っていう矛盾が生じちゃうしね」


「はぁ……見るだけ、ねぇ」


 というかこいつは、何を他人事のように語っているのだろう。元はといえばあんたの実験に付き合わされているんだぞ、星宮。


「で、どうする? 紺野さん。今ここで力を使うのをやめれば、違う選択肢を見ずに済むけど」


「いや……折角だし、見ていくよ」


「そう?」


 うん、と私が頷くと、ちょうど教室から「紺野さーん、入っていいわよー」と聞き覚えのある呼び声がした。中学三年生の時の担任だ。懐かしい。


「じゃ、行ってらっしゃい、紺野さん」


「行ってきます。……星宮は入らないの?」


「この世界で僕が『見えてる』のか分からないからね。盗聴だけにしておくよ」


「あ、盗聴はするのね」


 呆れて物も言えないが、まあ星宮らしいか、と気を取り直す。

 そして、懐かしい教室の引き戸を開けた――。


「失礼します」


 教室は、私の記憶と寸分違わぬ状態でそこにあった。まあ当たり前といえば当たり前かもしれない。私は今、過去を見ているのだから。


「あら紺野さん。お母様はいらっしゃらないの?」


 まだ若い、女の担任。受験期にこんな頼りなさそうな人の学級で大丈夫なものか、と不安になった覚えがある。

 この時私は、確か――。


「母とは昨日、喧嘩をしたもので。来ないそうです」


「あら、あら、あら……」


 困ったように首を傾げる担任――否、元担任。


「ちなみに、喧嘩の原因は……? やっぱり、進路かしら? あっ、無理に言わなくたっていいのよ、家庭のことだものね」


 やっぱり頼りない。保身を考えているのか生徒相手に遠慮しているのかは測りかねるが、どちらにせよ担任として頼りないことには変わりない。


「別に大丈夫ですよ。先生の言う通り、進路のことです」


 私の記憶が正しければ、確か、この後の私の台詞は「でも親の言い分に納得しました。全日制普通科の公立高校に行きます」みたいなことを言った筈だ。私の言い方に引っかかるものを感じたのか「本当にそれでいいの? 後悔しない?」と担任に念を押すように聞かれたが、「はい」「大丈夫です」を貫き通した。


 けれどここは、存在しない架空の過去。あったかもしれない可能性の見学。言わばパラレルワールドで、今の私は違う世界線の私なのだ。星宮の言うことが正しいのなら、私がここで何をしようと、未来が──私の現在が、変わることはない。


 ならば――。


「母は、全日制普通科の公立高校に行けと言いました。それが一番将来の選択肢が広いから、って、全日制の普通科をやたら強調して。母は、『普通』の選択をしてほしいんだと思います」


「なるほどねぇ。でも紺野さんは、違う道に進みたいんだ?」


「はい。――私は、音楽科のある高校に進みたい」


 毅然として言い放った私の迫力に押されたのか、元担任はもう一度「あら、あら、あら……」と口元に手を当てて瞬きを繰り返す。


 そして、ひとしきり驚き終えたのか、彼女は私にこう問うた。


「紺野さん。ひとつだけ聞くわ。――お母様は『普通』に固執してらっしゃるって紺野さんは言うけれど、紺野さん、あなた自身は『普通じゃない』ことに固執してない? 自信を持って、そう言い切れる?」


 一瞬質問の意図が掴めず、困惑する。

 だが、答えは決まっていた。


 そうだ、私は、好きだけれど決して上手くはない、ピアノを専攻したかった――ダメだったら大学で戻れるよう、高校のうちに。


「はい。音楽科はれっきとした私の目標です」


「そう……」


 元担任は、どこか嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ紺野さん、今度はちゃんとお母様を連れてきてね。一緒に説得しましょう」


「えっ?」


 一緒にしてくれるんですか? ――そう言いかけた私の視界を、先程と同じ、白い光が包む。

 私は、強く目を瞑った――。

 

 

          

          

「おかえり」


「ただいま……?」


 次に目を開けたときには、私は、あのファミレスの星宮の正面に戻ってきていた。見ると、星宮の頼んだスイーツはものの見事に綺麗さっぱり平らげられている。


「何分くらい経った?」


「ぴったり三分だね」


 食べるの早いな。


「僕の今の力だと、三分が限度だったみたいだね。じっちゃんの話が本当なら次はもうちょっと色々出来るんだろうけど」


「ほんと他人事だなぁ……」


 自分で実験台にしてきた割には興味無さげである。もしかしてこいつ、力を把握しておきたかったとかではなく、ただ超能力を使ってみたかっただけなんじゃないだろうか。


「タイムリープしてる間の私はどうなってたの?」


「寝てるみたいに突っ伏してたよ。立ってる人に力を使ったらちょっとした騒ぎになっちゃいそうだね」


「ふーん……って、あんたは? あんたも一緒にこっちに来てた筈なのに、なんでデザート類食べ終わってんのよ?」


「僕は半分半分みたいな状態だったんだ。意識の半分は紺野さんの二者面談を盗聴してたけど、もう半分はここで寝てる紺野さんを眺めながらスイーツを食べてたっていうか。睡眠中のイルカみたいなかんじだね」


 随分分かりづらい例えだ。


「……ていうか、星宮。これじゃあ何の意味もないじゃない。まずそもそも時間が短すぎるし、結局別の選択をした『私』が音楽専攻に進めたのかも分からないし。ほんと、ただ見ただけってかんじ」


 責めるような私の口調に、星宮は「うーん」と首を捻る。


「じっちゃんの話からの推測だから何とも言えないけど、使えば使うほど、過去に滞在できる時間も力で出来ることも増えて――たぶん最終的には、本当にやり直せるようになると思うんだ」


「そうなの?」


「憶測だけどね。まぁ、だからこのお詫びに、いつか紺野さんには本当の『やり直し』をさせてあげる」


「……本当?」


「約束するよ」


 そう言って、例の陽だまりの猫のような笑みをこちらに向ける。


 しかし、そんな話があっていいものだろうか。そもそも私は星宮とちゃんと話したのも今日が初めてで、本当にたまたま彼に弱みを握られて実験台になっただけの存在だ。

 過去をやり直して書き換えるなんて聞くからに危なそうな香りのする力を、そんなに軽く使うと約束してしまっていいのだろうか?

 それに──


「あんた、さっき自分で『約束なんか守るわけない』って言ったじゃない」


「うっ……痛いところ突くなぁ。じゃあ約束が流れないように日を決めておこうか。僕らが卒業して最初の同窓会のときはどう?」


「約束守る気はあるのね……分かった。覚えててね?」


「大丈夫。僕、記憶力はいいんだ。現にほら、紺野さんが読んでた本の帯の宣伝文句だって覚えて――」


「それはもういいから!」


 星宮の今の力を、私は、何の意味もない、と言った。だが、「これでもし未来が変わってしまったら」という恐怖が脳裏を掠めて、気付いたことがある。


 確かに音楽専攻の道に進めたら、今とは違う形の幸せがあったかもしれない。けれど、未来に変わってほしくないと切実に願った私がいて――今の高校生活を、幸せと感じている自分がいたのだ。ついでに、認めるのも癪な、密かな感情を抱えかけている自分も。


 たったの三分間でさえ、私にこれだけの気付きをもたらした星宮の力。これがもし本当に、誰かの未来を変え得る力になるというのなら――一体、誰にどれだけの影響を及ぼしてしまうのだろうか? 幸せに別の選択肢が生まれる意味は?


 底知れない力を持った少年は、私の目の前で底知れない笑みを浮かべていた。

 

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