気になるアイツと超能力-2
◇
……まぁ、何だ。
二人きりの放課後、結構モテる部類に入る美少年(性格には大いに問題があるが)に話があるとファミレスに誘われて、期待が全くなかったと言えば嘘になる。私だって思春期の女の子だ。そういうのに憧れるのは普通のことだろう。特に、人生で一度も彼氏がいたことのない身としては。
だが、実際はどうだ。
店員が運んでくるデザート類が次々と星宮の前に並べられるのをただ延々と見続けるだけの、非常に無意味な時間を過ごしているのだ――私は一体何をしに来たのだろう。
「えー、黒蜜きなこ白玉パフェでお待ちのお客様ー」
「あ、僕です」
「バナナチョコクラッシュナッツワッフルでお待ちの……」
「僕です」
「ベリーソースパンケーキ四枚重ねホイップ増量で……」
「僕です」
「本日のおすすめケーキ五種盛り合わせセットドリンク付き……」
「僕です」
……帰ろうかな。
「どうしたの、そんなに僕のスイーツを見つめて。僕は太りづらい体質だから心配してくれなくて大丈夫だよ?」
「許されない」
テーブルの下で思い切り星宮のすねを蹴飛ばす。うずくまる星宮の姿を肴に星宮の奢りで飲む自家製いちごミルクは、非常に美味だった。
「……で、星宮。話って何なの?」
「ふぉふのふぃっふぁんふぁふぃん――」
「行儀が悪いし微塵も聞き取れないっ!!」
先程とは反対のすねを蹴飛ばす。
「何するのさ! 僕は右脚を蹴られたからって左脚も蹴りなさいと差し出す聖人じゃないんだよ!?」
「少なくとも私は今、あんたを十字架に磔にしてやりたい気分だけどね!!」
「それにしたって暴漢ぶりが過ぎやしないかい!? これ、骨折れたんじゃ……」
「そこまでじゃないでしょ! あと暴漢じゃなくて暴女!」
「暴は否定しないんだ」
半眼でこちらを睨みながら、私に蹴られた両脚をさする星宮。痣程度で済むように調節して蹴ったのに、大袈裟な奴だ。
「って、さっきから全然話が進まないじゃない。早く話してよ」
「ごめんごめん」
大して悪びれた様子もない。
星宮は一口パンケーキを頬張り、ゆっくり噛んで、飲み込んだ。
そして、少し佇まいを正すと──今度こそ、至って真面目な調子で、語りだした。
「僕のじっちゃんが死んだって話は、さっきしたよね?」
「……うん」
「じっちゃんはさ、ちょっと特殊な力を持ってたんだ。まあ有り体に言えば超能力だね」
「は?」
超能力。……超能力?
突然登場したあまりにも現実味のないワードに、思わず顔をしかめる。
星宮がまたも私をからかって遊んでいるのではないかと疑ったが──星宮の表情は、真剣そのものだった。
「一応訊くけどさ……それは、あんたがお祖父様にからかわれてた、とかじゃなくて?」
「……それだったら、よかったんだけどね」
影と含みを持った響き。──私はそれ以上の詮索をやめて、話の続きを待った。
「じっちゃんの力については、実は僕もあんまりよく知らないんだ。そもそもじっちゃん自身が自分の力を快く思ってなかったみたいで、話したがらなかったんだよ。まあ僕も、当人が話したくないならそれでいいって思ってたんだ。――けど、そうも言ってられなくなった」
「それは……お祖父様が亡くなったから?」
「そうそう、大正解」
にこっ、と人の好さそうな笑みを浮かべ、またパンケーキを頬張る星宮。
「じっちゃんの力は『相続』できるみたいなんだ。それも、受け取る側の拒否権無しにね。それで、じっちゃんが相続先に選んだのが――父さんじゃなく、なぜか僕だった」
「えっ、じゃあ、お祖父様の話が本当なら、星宮は今……超能力者ってこと?」
「まあそうなっちゃうよね。使ったことないけど」
「へぇ……」
クラスメイトが超能力者。――何だか少年漫画みたいな展開に、不謹慎とは分かっていながらも少し胸が躍ってしまう。
しかし、力を使ったことはないのか……さっきから少し表情が暗い気もするし、まだ祖父を亡くした傷が癒えていないのだろうか。
星宮は、更に話を続けた。
「じっちゃんの力について分かってることは四つ。一つ目は『他人に対して一対一で使う力であること』、二つ目は『一度使うごとに力を使って出来ることが増えること』、三つ目は『上手く使えば他人の後悔を癒せるかもしれないこと』、そして四つ目がさっきも言った、『相続できること』――これだけなんだ」
「それだけじゃ何の力かさっぱり分かんないじゃない」
「ほんとにね。相続するならちゃんと言ってからにして欲しいよ」
星宮はため息をつき、残りのパンケーキにフォークを突き立てた。そして一口で頬張る……って、今の量よく一口に収まったな。
「んで? あんたのじっちゃんの力が分からないってのは分かったよ。けど、なんで私が呼ばれたわけ? まさかとは思うけど……」
「分かってるなら聞かなきゃいいのに。そう、そのまさかだよ。紺野さんは察しがいいねぇ」
いかにも嬉しそうに、黒蜜きなこパフェのクリームをスプーンで掬いあげる星宮。
私は本能的に身の危険を感じて立ち上がり、店の出口目指して脱走を試みた。まずい、殺られる。得体の知れない超能力の餌食にされる。今日ここに呼ばれたのは青春でも何でもない、実験台にされるためだったのだ!
が――。
「紺野さーん? そういえばさー、君の読んでたBL小説って確か十八き――」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
なんてこったい。わざわざ私の弱みを握っておいたのはこのためか。こんなほわほわして何も考えてなさそうな外見をしておいて、星宮の腹黒さはとどまるところを知らない。
――星宮雫、恐ろしい奴。
だが、どうやら話を聞いている限りではその未知の能力で死んだり怪我をしたりするようなことはなさそうだ。どうせ十八禁BL小説のことを言いふらされれば社会的に死ぬしかないのだし、だったらその謎の超能力の実験台の方が幾分マシだ。仕方なしと諦めた私は星宮のいるテーブルまで戻り、ズゴゴゴゴゴと音を立てて自家製いちごミルクを飲み干した。
「分ーかったわよ……やりゃいいんでしょ? 全く……」
「そそっ、紺野さんは話が早いねー! 僕も早く済ませたいところだし、助かるよ」
もう一度ふわふわとした笑みを浮かべた星宮が頬張ったのは黒蜜きなこパフェの最後の一口で、私は、やっぱりこいつは色々な意味で恐ろしい奴だと実感したのだった。
◇
「早速だけど紺野さん。紺野さんの、十六年とかいうとっても短くて市営プールの幼児コース並みに浅い人生経験の中で、何か後悔がある場面を思い出してみてくれる?」
「うん、分かった。……って、なんで今分かりづらい比喩まで使って馬鹿にされたの!?」
「痛っ! 痛いってば!! 暴力的な女性は行き遅れるよ!?」
「大きなお世話っ」
さっきからこいつは私に恨みでもあるのだろうか? もしかして幼少期に知り合いで、私が幼き日の雫くんに意地悪をしたとか?
「ねぇ星宮。私たちって同じ幼稚園だったり、うんと小さい頃に家が近かったりとかした?」
「何言ってるの紺野さん? 疲れてるんじゃない?」
「疲れてるに決まってるでしょ!」
いちごミルクを思い切り吸って怒りを発散しようとするが、ストローを咥えてから先程飲み干してしまったことに気付く。どうせ星宮の奢りだし、もう一杯くらい注文しておいた方がいいだろうか。
怒りのやり場をなくした私は、仕方なく記憶の中から後悔を探しはじめた。
「後悔って具体的に、どんな?」
「僕だって力がどういうものなのか分かんないから何とも言いづらいけど……たぶん、『あの時ああすれば何か違ったのかな』みたいなかんじじゃないかな? 例えて言うなら、乙女ゲームの『分岐点』みたいな」
「お、乙女ゲーって……あんたね……!」
「でも、的を射てるでしょ?」
「それは……まあ……」
何か上手く丸め込まれた気もするが、これ以上星宮と言い争っていても仕方ない。どうせ私が不利なだけだし。
「後悔、か……」
そう言われても、そんな都合のいい後悔なんてあっただろうか。選択肢ひとつ変えるだけで違う未来が望めるような、単純な形の後悔なんてありそうでそうそうあるものじゃない。
「……あっ……」
「うん? どうしたの、紺野さん?」
「後悔ってほどの後悔じゃないかもしれないけど……あったかも」
「オッケー。じゃあ、その場面を思い出してみて」
「あれ、星宮に話さなくていいの?」
「たぶん大丈夫だと思うけど……まあ実験だし、やってみてダメだったら話して」
「分かった」
じゃあ始めようか、と、星宮はフォークを置く。今度はケーキセットを食べていたようだ。
「星宮、力の使い方分かるの?」
「分かるよ。分かるっていうか、感覚なんだよね。直感って言った方がいいのかな? 紺野さんが呼吸の仕方を説明できないのと同じだと思ってくれたらいいよ」
そういうものなのか。
「じゃ、改めて、始めようか。――さっき言ってた、後悔のある場面。思い浮かべられた?」
「……、うん」
「オッケー。じゃあ、力使うからね。言っておくけど、僕にも何が起こるか分からないから」
「はいはい……」
全く、とんだ実験台にさせられたものだ。私はただ、いつも通り平和に内職をしていただけだというのに。
「いくよ? せーのっ」
星宮の間延びした掛け声と共に、私の視界は光に包まれた――。
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