6・外出の終わりと何か


 二人がデートに勤しんでいる一方。

 跡見はどういうわけか浜名と部屋で遊んでいた。

「跡見先輩、小説のこと教えて!」

「エェ……」

 先日、浜名が板ヶ谷経由で跡見にメッセの開通を申し込み、跡見が「まあ面白そうだからいいか。板ヶ谷くんの親戚だから身元もはっきりしてるし」と安易に受けてしまったのだ。

 なんにでも積極的すぎる浜名が、ガンガン話を進め、あれよあれよという間に部屋に招待することになってしまったのだ。

 もっとも、跡見は浜名を、何かしでかすような悪い人物だとは思っていない。その辺りは板ヶ谷――を介して彼の両親からお墨付きがあったし、本人を直に見ていても、その兆候は見られない。

「だけど、どうして私なの? 高遠のほうが腕前は上だよ。くやしいけど」

 彼女は浜名に、今更だが聞く。

「それに、私と浜名ちゃんとでは、作風がぜんぜん違うよ。というか、高遠、私、浜名ちゃんの三人で、それぞれ作風が違うから、誰が誰に教わってもあまり効果は、ないような」

 浜名は最低限の原稿のルールは身に付いている。強いて言えば「説明のない固有名詞」が多いような気がするが、オサレ異能バトルものとくれば、まあ多少は仕方がない、というか、多少はないとケレン味が足りないようにも思える。

「それは矛盾よ!」

「えっ」

「だって跡見先輩は、高遠先輩のほうが腕が上って言ってるでしょ。ということは、作風の違い以外の、もっと客観的な力があるってことじゃない! 少なくとも跡見先輩はそう思っているはず!」

 ドヤ顔で指摘する浜名。

「ええと、半分は合っているというか、半分は間違っているというか」

 作風に合った表現。それができるか否かが、つまり「客観的な力」というのではないか。

 つまり腕前というのは、単純に作風から切り離された何かではなく、もっと個性や個人の感性と複雑に絡み合った、一言では説明できないものなのではないか。

 などと彼女は思ったが、浜名に説き聞かせるのが面倒そうだと感じた。

「たとえば、そうだ、これを見てよ。まだ高遠にも板ヶ谷くんにも見せてないから、秘密だけどね。腕前の、なんというか相対性が分かるんじゃないかな」

 そう言うと、彼女はノートパソコンを開き、起動した。


 その頃、買い物に昼食にと駆け回った板ヶ谷は、大量の荷物を持たされていた。

 ……というわけでもなかった。案外と高遠の荷物は少なく、彼女の分は彼女自身が持っていた。

 そして、買い物のはずなのに、なぜかボウリング場だのゲーセンだのカラオケだのを経由した一日だった。

 これは本当にデートなのではないのか?

 彼は思ったが、口に出すのがなぜか怖くて、言及を避けていた。

 辺りが薄暗くなり始めたころ、元の場所、句内下根駅の時計台で、二人の「買い物」は終わろうとしていた。

「はー、楽しかった。板ヶ谷くんはどう?」

「うん、まあ、楽しかったよ」

 楽しかったというか、元は高遠の買い物という話ではなかったのか。

 しかし彼はそれを言わなかった。

 そして楽しかったのは確かだが、非常に疲れた。家で創作論をパソコンで垂れ流すことの十倍は疲れた。

「よかった……板ヶ谷くんが楽しいと私も楽しいよ」

「ええと……」

 繰り返し述べるが、高遠が買い物をするという趣旨ではなかったのか、という彼の疑問。

 やはりデートなのだろうか。

 そう思ったら、彼は顔が少し熱くなるのを感じた。

「名残惜しいけど、今日はもう暗いし、解散しよっか」

「うん、そうしようか。家まで送るよ」

「うーん、ここからだと、たぶん家が正反対の方向だと思う。だから中間地点のここを集合場所にしたんだし」

「いいのかな。暗い道は危ないと思うのだがね」

「ふふ。心配ありがと。でもまあ、別に送りはいいよ。じゃあね、また月曜!」

「うん、また月曜」

 高遠は手をぶんぶん振ると、言った通り正反対の方向へ歩いていった。


 ところが翌日、今度は跡見から呼び出しがあった。

 なんでも、秘蔵の作品があるから読んでほしいとのこと。

「秘蔵? 小説を出し惜しみしてるのかな?」

 しかし彼女の主戦場である投稿サイトでは、出し惜しみをしても意味があるとは思えない。

 新人賞の公募なら、最適なカラーのレーベルからの募集が始まるまで待つということもあろうが……。

 どういうことか。

 興味をそそられたので、板ヶ谷は待ち合わせ場所――うどん店ではないうどんやへ行くことにした。


 今回も跡見が先に来ていた。

「こんにちは、板ヶ谷くん」

「ああ、ごめん、待った?」

「ううん、今来たところです」

 お決まりのやり取り。

「で、秘蔵の作品だって?」

「うん。板ヶ谷くんに見てもらいたいなって思いまして」

 そこで彼は疑問をぶつけた。

「ちょっと待ってくれないか。ネット小説だったら、アカウントに上げれば、僕を含めて色んな人から読んでもらえるし、感想も集まるのではないかな?」

 まさか「板ヶ谷くんだけに読んでほしい、特別な小説ですから……」などという展開を期待しているわけではない。彼はそこまで頭に花が咲いてはいない。

 ということは。

「もしかして、その『作品』は小説ではない……何か別の創作を始めたばかりで、あまり自信がないから不特定多数に配信しない……?」

「えっと、とりあえず、これを見てほしいんです」

 すると、跡見は手書きの短い文書を取り出した。


◆◆◆


高き壁色も筆もぞ及ばざる忍びて日々の腕磨きけり


更新のボタンを押してただ願い画面の向こう顔も見えずに


◆◆◆


 板ヶ谷は言った。

「短歌!」

 予想外だった。

「ど、どうですか」

 遠慮がちに跡見が尋ねる。

「いや、短歌!」

「繰り返しはいいです。あと俳句と川柳にも手を出しています」

「俳句と川柳!」

 本当に予想外だった。

「まず、この二首の短歌はどうですか」

「う、うん、そうだね、んー」

 一つ目の短歌は、誰かをライバル視していることは伝わるが、誰なのか板ヶ谷には分からない。そして高い壁の絶望を伝えたいのか、腕を磨く前向きさを強調したいのかも不明瞭。

 二つ目もすぐには意味が伝わってこない。少し考えれば、ネット小説の更新のことを言っているのかと彼は思うが、どうにかしてそのことをはっきり明言すべきだろう。

 以上のことを説明した上で、彼は言った。

「全体としてイマイチだね。最近始めたばかりなのかい?」

「はい……」

「ならまあ、仕方がないかな。僕も短歌には詳しくないけど、なんというかコツをじっくりつかんでいくしかないんじゃないかい?」

 かなりの上から目線である。

 しかし跡見は特に不平をこぼさなかった。

「そうですね。私もそう思ってます」

「あと……確かに短歌、俳句、川柳は一見似ている。けど、違うルールのもとで、違うことを表現するものじゃないかな。一本に絞るべきだと個人的には思うよ」

 などと言ってはみたが、彼自身も正直、この考えが本当に正しいかは分からない。

 例えば小説と評論、またはエッセイを両立する作家は山ほどいるし、違う分野の経験が活きる場合もあるだろう。実際、高遠と跡見は、ともに小論文の試験で小説の経験が活きていると聞く。

 ただ、歌人や俳人に限っては、分野を横断するプロは、彼の記憶ではそんなに多くないはずだ。いるのかもしれないが、メジャーどころにそういう人はいないように思える。

 だから彼は付け足した。

「と思ったけども……繰り返すけど、僕は詳しくはないから断言はできない。誰か詳しい人はいないかなあ」

 高遠は違うだろうし、浜名は論外。

 彼には、専門家が思い浮かばない。

「そうですか……分かりました」

 跡見も察したようで、素直にうなずいた。

「よろしい。用事はそれだけかい?」

「うん、まあ……せっかくですし、創作論を聞かせてください!」

「ほう、よろしい。まずは……」

 彼は益体もない創作論を語り始めた。

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