5・外出


 数日後。

「文化祭、どこ行く?」

「やっぱ南高かな。あそこの女子生徒はレベル高いって聞いたぞ」

「えぇ……あの高校は何年か前に事件なかったっけ?」

 文化祭の季節である。だが、ここ第一高校は全く準備の動きがない。

 なぜなら、今年は晩夏に体育祭を開催したからだ。

 この高校では、一年ごとに体育祭と文化祭を交互に行っており、今年は文化祭をやらない年、ということである。

 しかしこの辺り一帯では、少なくとも文化祭は土日に催すという慣習が根付いている。そのため、一高の生徒は他校の文化祭に繰り出すことができるのだ。

 というわけで、板ヶ谷は高遠と跡見に相談してみた。

「二人はよその文化祭に行ったりするのかい?」

 すると、二人は顔を見合わせた。

「その発想はなかったよ」

「うんうん。全く考えてませんでした」

「エェ……」

 当惑。

「いやいや、他の学校の友達とかから誘われたりしないのかい?」

「私の友達はみんなこの一高だからね」

「私は友達が少ないです……」

 跡見にはまずいことを聞いてしまったようだ。

「そういえば」

 高遠さんの友達は、なぜ休み時間に集まってこないんだい? 僕と跡見さんしか、話の輪の中に入っているのを見たことがないんだけども。

 言いかけて、ぐっと我慢した。返答次第では聞いてはいけないことになる。

 しかしそれは推察されたようだ。

「この高校、特進コースがあるでしょ」

「そうだね。確か東京大隈大学とか、国立医学部、旧帝大とか、そのあたりを狙うコースとかなんとか」

「そっちに私の友達がみんな行っているから、休み時間にはあまり来ないんだよ」

 あっさり疑問が解けた。

「へえ。たしかにあのコースは別扱いだからね」

 ギャルみたいな見た目なのに、友達付き合いは、僕たち以外は勉強のできる人ばかりなのは意外だなあ……という言葉をまたも彼は飲み込んだ。人は見た目通りの中身でなければならない、という決まりはない。以前も述べたが。

 ともあれ。

「そういうことなら、なおさらよその文化祭に行っても差し支えないんじゃないかい?」

「そうですね、確かに……ただ、あまり興味がないというか、そもそも文化祭って、開催する側のほうが来る側より面白がって……じゃなくて、面白いんじゃないですか?」

「そういえばそうだね。なるほど」

 跡見の言葉に、板ヶ谷はうなずいた。

「私も原稿やろうかな、今度の土日は」

「僕は、どうしようかな」

「ネットで創作論でもぶっていればいいんじゃない?」

「ひどいな」

「板ヶ谷くんはムッツリスケベだから仕方がないよね」

「ぐぐ……」

 こうして、どこかよその文化祭へ行くという話は、流れ去った。


 しかし、だからといって何もないわけがなかった。

 その日の夕方、板ヶ谷の家にて、スマホに着信があった。

「高遠さん……?」

 いぶかりながらも彼は応答する。

「はい、板ヶ谷です」

「あ、もしもし、た、高遠です」

「はあ。どうしたんだい、柄にもなく緊張なんかして」

「うるさい。……あの」

 珍しい提案が続く。

「今度の土曜日、一緒に買い物に行かない?」

「買い物?」

「そう。私、服買いたいから、男子である板ヶ谷くんにも、変なファッションじゃないか見てほしいんだ」

 一見筋が通っている。が。

「うーん、僕もファッションセンスには自信がないんだがね」

 彼は特段、服飾に詳しいわけではないし、自分の服のコーディネートにも格別の工夫をしてはいない。

 むしろ、おそらく高遠のほうがその辺は優れているのだろう。

「男子の目で見てほしいの」

「とはいってもなあ。原稿やるんじゃなかったのかい?」

「いいから、土曜日の十時に、句内下根駅の時計台に集合ね。いいよね?」

 有無を言わさぬ語気。

「まあ、いいけど」

「よし、じゃあ楽しみにしてなさいよ。じゃ」

 通話が切れた。嵐のような着信だった。

 ――ひょっとして、これはデートのお誘いではないか?

 思ったが、そんな雰囲気ではなかったので、彼はその考えを捨てた。


 デートに限らず、待ち合わせには少し早く来たほうがいい。

 そう思って板ヶ谷は九時五十分に着いたのだが、そこには。

「お、おはよ」

 すでに高遠がいた。

「おお、おはよう。僕より早いんだね。楽しみにしていたのかい?」

「うっさい」

「えっ」

「……ああ、もう。ほら、行くよ」

 高遠が強引に手を引っ張る。

 だが、ここでささいな疑問。

「行くよって、どこへ行くんだい? 具体的な行き先を聞いていなかったな。小説で言えばラストを決めていないようなも」

「冬和田駅の駅ビルで色々買うんだよ。あと創作論はいいから」

「色々? 買うのは服だけじゃないのかい?」

 言うと、高遠は顔を赤くした。

「せっかくだから色々買うの! 文句言わない!」

「文句ってわけでは……」

 板ヶ谷はぶつぶつ言いながら、高遠に手を引かれて駅に入った。

 彼は気づいていなかったが、高遠と手をつないでいることになる。


 ほどなくして、電車に乗ると、そこそこに空いていた。ただしガラガラではない。

 文化祭の真っ最中で学生はほとんどいないが、社会人にとっては普通の休日である。彼らにとって、文化祭うんぬんはあまり関係ないのだ。

 当然といえば当然だった。

「うーん、情緒を感じるな」

「適当に言ってるでしょ」

 そして初っ端から図星。

「何を言う、小説家たるもの、情緒には敏感でなければならない。きみが情緒を感じないのは、感性が鈍いからだ。違うかね?」

「板ヶ谷くんに言われたくないよ」

 実際、彼女は情緒豊かな小説を書く。感性が鈍いというのは、ほんのたわ言に過ぎない。

 少なくとも浜名よりは、情緒を理解している。この間のことを思い出させるので、決して言いはしないが。

「情緒か。短歌とか俳句とかの人だと、もっと面白い話が聞けるのかもね」

「僕の話が面白くないはずがない。……しかし歌人俳人か。僕もぜひ話を聞きたいものだね。腕前も拝見したいものだ」

「まあ板ヶ谷くんとは正反対の人だろうけどね」

「重ね重ね失礼だな」

 彼女はケラケラと笑った。

 不覚にも彼は見入ってしまった。

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