3・テスト勉強とアレな親戚


 今回はテスト勉強だが、例によっていつもの「うどんや」である。

 この地域の図書館は音に特に厳しいので、ものを教える声すら出すのをためらわれるのだ。

「んー、おいひ」

 パフェをほおばりながら高遠が感嘆する。

「おい、漢文の勉強をしに来たのではなかったのかね」

「まあまあ、いいじゃないですか」

 そう言う跡見は、あろうことか小型ノートパソコンを開いている。原稿を進めているのだ。

「おい、いくらなんでもそれは」

「はいはい」

 言うと、素直にしまった。

「……うん?」

「どうしたんだね、高遠」

 急に何かに気づいた彼女は、ある方向を指差す。

「あの子、こないだも見なかった?」

「どれ……」

 その先には、よく見知った姿。

「ああ、浜名だな。そんなに見てるか?」

「浜名……誰?」

 いぶかる高遠に、板ヶ谷は説明する。

 ――彼女は板ヶ谷の「はとこ」。曽祖父母を同じくする親戚であり、家同士の交流も割と緊密であった、が、最近五、六年は、家同士としては若干離れている。すらりとしたスタイルと、相反するような子供っぽい表情が特徴だ。童顔ではなく「子供っぽい」表情という形容が似つかわしい。似て非なるものである。

「へえ、そんな女の子が板ヶ谷くんの近くにねえ」

「なんだね」

「なんでもないよ」

「……で、浜名がどうした」

 高遠は腕組みする。

「なんか、ここんとこ、うどんやに来るといつも見るんだよねえ。っていうか、あっちがこっちをにらんでいるってか」

「にらんでいる?」

「私とか跡見に対してだね。板ヶ谷くんは、なんていうか」

「惚れているのかな?」

「きみがうぬぼれているんじゃないかな」

 鋭い一言である。

「なかなか言うじゃないか、思ってもいないことだとしても。センスはいいようだな」

「で、どうしよう」

「無視して勉強だ」

「えっ」

 今度は高遠と跡見が目を丸くした。

「大きな用事があるなら話しかけてくるだろう。それに至らないということは、そこまでの用ではないということだよ。そうではないかね?」

「ちょっと冷たすぎませんか、相手、親戚なんですよね?」

「僕たちは僕たちのやるべきことをやる。それ以外になにか?」

「エェ……」

 どこか釈然としない風だったが、一同は構わず参考書に向き直った。


 しばらくして、しびれを切らしたらしい。

「ちょっと、どういうことよ!」

 半分涙目の浜名。

「おや浜名。ずいぶんなあいさつだな」

「ご無沙汰! これでいいでしょ!」

 律儀なのかアレなのか。

「しかし本当に久しぶりだな。学年も違うし」

「えっ、何年生なの、中二とか?」

「高一だし!」

 さらに涙目のはとこ。

「で、用件を聞こうじゃないか」

 ぐっと詰まるような素振り。

「どうした?」

「用があるのは、イタ兄に対してじゃない」

 イタ兄。板ヶ谷にぴったりのあだ名だが、この空気でそれを指摘する者はいない。

「そこの二人、えーと」

「高遠だよ」

「私は跡見」

「高遠に跡見……先輩に勝負を挑むわ!」

 唐突に変なことを言い出した。


 詳しく話を聞くと、小説の出来で勝負ということらしい。

「イタ兄に悪い虫がついているらしいって聞いたから、ちょっと思い知らせてやろうって思ったの!」

「悪い虫って……まあ確かに僕は世界一の小説家だけど」

「そうです、こんなことを言う板ヶ谷さんに悪い虫なんてつかないよ、どこに小説家と評論家を間違う人がいるの!」

「ええと、どこからツッコんだらいいのかなあ」

 混沌とした会話。

「ともかく、先輩方がちょっと小説ができるからって、いつもイタ兄に馴れ馴れしいから、私の物書きスキルを見せつけてやるわ!」

 そう。浜名も物書きである。

「ひょっとして、輪に入りたいのかね?」

「ちっちが……!」

「ひょっとして、はとこのお兄さんにラブなの?」

 高遠が聞くが。

「あ、それは違います。恋愛的なアレではありません。常識的に」

 素で返された。

「くっ……まあとにかく、輪に入りたいわけだな。そうならそうと言」

「とにかく勝負よ! 審査員は私の弟、来週の土曜日にこの『うどんや』でジャッジよ!」

「文字数は?」

「三千字から五千字。弟のシュンマが短い時間で読めるようにね。ジャンルはフリー。高遠さんも跡見さんも書くこと。二人のうちどちらか一方でも私に勝てたら、負けを認めるわ。じゃあまた!」

 言うと、素早く会計を済ませ、去っていった。去り際、カウンターの出っ張りに手をぶつけて痛がっていた。


 翌日、とりあえず漢文のテストを乗り切った板ヶ谷たちは、うどんやで作戦会議に入った。

「私と跡見の過去作を持ってきたよ。短編。板ヶ谷くんにだいたいの実力を測ってもらいたいの」

 彼は浜名の小説を読んだことがある。というか、昨日のうちに「とりあえずこんなのを書いてやったわ、本番は別の作品だけど!」と押しつけられたのだ。

 もっとも、彼はその小説を高遠たちに見せてしまうつもりなどない。それはさすがに背信行為でありアンフェアであろうと考えたのだ。変なところで常識的である。

 そして、板ヶ谷が原稿に目を通した感想は。

「実力は高遠さんと跡見さんのほうが、浜名より数段上だね。比較にならないほどだよ。しかし勝負には確実に負ける。断言する」

「えっ」

 二人はあからさまに困惑する。

「昨日、浜名からメッセが来たんだがね……」

 浜名の弟、シュンマ。彼のセンスは、完全に姉に掌握されている。といっても情実ジャッジとか八百長とか、そういったことではない。

「どういうこと?」

「彼の読書体験とか感性は、あいつから途方も無いほどの影響、いや、むしろ塗りつぶされているらしいんだよ」

 いわく。シュンマが小さい頃、読書を始めたのは、浜名が書いた小説がきっかけだったという。それに衝撃を受け、似たような作品を次々と読んできたらしい。もちろん浜名自身も、自称速筆の腕によって、シュンマに自作を浴びせまくってきたらしい。

「それを考えると、雲行きはかなり怪しいのではないかな……」

「そんな……」

 跡見が肩を落とすと、高遠が口を開く。

「いや、実力が上なら、勝ってみせるよ。より優れた物書きは報われるし、そうでなければならない。私は物書きの矜持として、個人的な感覚の差すら超えてみせる」

「おお、珍しく熱いなあ」

 でも、そううまくいくとは……。

 言いかけた言葉を、彼は飲み込んだ。

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