After the festival

 ―私は白馬の王子様というのは物語のみに存在する都合のいい存在だと思っている。

 なのにも関わらず、暇があるたびに書庫でロマンス小説を読み漁ってしまうのはなぜだろうか。

 勇者というのはロマンス小説における金字塔であり、いつだって殻に閉じこもった少女を、世界を、救ってくれる都合のいい舞台装置だった。

 だから私、いや、私なんてものはない。王家に仕えるだけの存在である一号は、勇者召喚の儀を見守るという大義を責務だけではなく、一少女の期待感という感情が意識のなかに何割か占めていたことは否定できない客観的な事実だろう。

 私が目にした勇者は期待とは全く違うものだった。口のきき方も雑、荒んだ目をしていた。挙げ句のはてに彼は勇者の力すらどっかにやってしまった。

 こんな勇者じゃ、物語の作者は頭をかかえてしまうに違いない。もちろん、当のお姫様はそれどころではなく激昂して私に命令を下した。

「独房行きです!!1号!!」

「はい。」

 はじめて触った男の子は、すごく柔らかくてふにふにしてたなぁ、などと思った。触ったなどと生易しいものではなく、意識を刈り取る一撃であったわけだが。

 私は微かに罪悪感を抱いていた、言ってしまえば勝手な都合で呼び出しておいて、気に食わないから独房行きである。その行為が勝手に白馬の王子や理想の勇者を彼に重ねた醜い自分のようなエゴイズムと重なり、むず痒かったのだ。

 なので、彼女は珍しく王女に発言した。

「彼を独房から解放したいと考えています。」

 珍しいものを見るような目で姫は彼女を見つめた。

「1号が意見を発するとは珍しいですね。」

「面倒は私が見ます、彼を一人前の執事に仕立て上げてみせます。」

 姫は彼女の固い意思をくみ取り、その程度であれば権限も逸脱していないであろうし、と考えた。また、怒りとは時間経過で冷めていくものである。

「いいでしょう。あなたが責任をもつのですよ。」 

 彼女は少しだけ救われた気持ちになった。

「はい。」

 彼を雇うぐらいならそのへんの市井から引っ張ってきたほうが、またマシだったかもしれないと、彼女は思った。彼の一ヶ月の働きぶりは並以下だがギリギリ許される程度のものだった。

 彼にとってはそれが最大限なのだが、なんとか城に置いてもらうのに交渉が難航したのは言うまでもなかった。

 私が働き疲れ、もとい面倒見疲れた晩だった、元凶に叩き起こされたのである。

 私は目の前のセカイがぼやけて見えた、彼についていったのもそのせいだなどと自分に言い訳してみた。今日の彼はいつもと違う目をしていた。男の子の目だった。

 彼の話は私に噛み砕くことはとても難しかった、イセカイとやらで彼は教養のある人だったのかもしれない。ただ私にわかったことは、空に浮かぶ紅い円が"ツキ"ということであり、どうやら私は"セバスチャン"であるらしいということであった―

 私は一日後、彼にまたしも連れられていた。しかしそこは、ロマンチックな丘ではなく、馬小屋だった。

「セバスゥ、これに乗って脱出しようずwwwwwww」

 いたずらっ子のような目をした彼は、秘密を共有するように私に言った。

 その言葉は私を誘惑していた、乗れば新しい世界に連れて行ってくれるんじゃないかという期待が甘く蕩けるように染み込んでくる。

「今夜は、警備が緩くなるんだよ。豊穣祭があるからな、絶好の機会だろ?」

 彼女は、ただ彼の目を見ていた。

 結局のところ、私は十数年築いてきた1号という仮面より、"セバスチャン"という仮面のほうが気に入ってしまったのだろう 。私は太陽が地平に落ちる頃には、馬小屋に足を運んでいた。

 彼は何もかもを見通すような目で彼女を見つめて言った。

「来ると思ったぜ。」

 街は灯がともされていた、でも私達の道標は薄く伸びている、赤い月明かりだった。

 彼はなれない手付きで馬に跨った、それくらいは手慣れていてほしかった。そこで初めて自分が注文の多い女の子であることに気づき軽く赤面した。私も彼に続いて馬に跨った。

「スーパーカブにニケツってところかwwwwwwww」

 後ろから打ち上げ花火のように、信号弾が打ち上がるのが見えた。それはまるで私の夢のを終わらせる合図のように思えた。「あっちに逃げたぞ!追え!!」

 豊穣祭にも関わらず職務を全うしているであろう、真面目な男だと思う。

 ただ南に駆けていった、正解がどちらとか、街がどっちにあるとかそんなことは関係なかった、ただ気持ちよく走り抜けていた。

「追いつけるもんなら追いついてみろよwwwwwwwwwwwww」

 死んだ目をしていた彼の目には光が灯っていた。彼と二人なら彼女は無敵になれる気がした。

 警備員も慌てて私達を追うが追いつける兆しは見えなかった。私達は二人きりになった、風を切る音がダンスのBGMのようだった。陳腐な言葉はこの風の音にかき消されてしまいそうで、でもすごい気持ちよくて、なにか言いたくなった。

「ツキが、キレイですね」

 風が言葉を流した、彼女は自分自身に言葉を吐いたつもりだった。独り言だった。

「届くさ―」

 その言葉は彼女が今一番欲していた言葉な気がした。でも、それをくれたのは白馬の王子様でもなく、魔王を倒す勇者でもなく、目つきの悪くて不器用な、普通の男の子だった

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