Tasteless gum

「首が痛すぐるwwww異世界転生では暗転が流行りなんかwwww」

 彼は短時間で意識を失うという稀有な経験を二回もした。知らない天井だった、おそらく落ちる直前に聞いた独房というものであることは容易に推測できるだろう。

 仄暗い部屋に鉄格子が前面に設けられており、部屋を照らすろうそくが一縷のやさしさに見えた。

「どうやらお目覚めのようですね。」

 ハスキーで中性的な聞いてて落ち着く声がした。殺伐とした独房だからこそ、その声は浮いて見えた。

「なに?美少女がお出迎えかな?wwww」

「なっ!」

 薄明かりの中自分を視認できるわけがない、自分の性別を見抜けるわけがないと考えていたため、驚愕を隠せなかった。

「テンプレなんだろ?」

 彼女は彼の言っている意味がわからなかったが、神のような既知の物言いが気に触ったことは確かだ。

「とりあえず、ここから出てください。」

「え?出てもいいの?wwwwwwww」

 彼女は一拍間を置き言った。

「あなたはこの城で働いてもらいます。」

 彼は一拍も間を置かず言った。

「は?やだよ」

 彼女は呆れ顔作りため息を吐いて言った。

「このままだと用済みと処分されますよ?いいんですか?死ぬってことですよ?」

 ―自分という存在が分解して大きな海に溶け出していくような感覚を彼はフラッシュバックした。痛みより、それは遥かに恐ろしいことだった。所属、社会、チンケなプライド、すべての鎖から解き放たれることを意味していた。

 流石の鈍感な彼もあの体験をおかわりするほど、図太くはなかったようだ

「わかったよ。降参降参。何すればいいんだ?」

 彼女はホッとしたような顔をしたのち、緩めた顔を締めて彼に言った。

「とりあえず、庭の手入れと部屋の掃除をしてもらいます。それさえしてればこの城に置かれてても問題ないでしょう。」

 彼はいかにも面倒くさそうな素振りを見せた後言った。

「おk。んであんたはなんて名前なんだ?」

 機械のように冷たい目で言った。

「1号で充分です。私には。」

「そうかよ。」

 彼はこの鬱屈するような牢から出られるという事実のほうが重要であるようで、聞くことだけ聞いてさっさと出ようとした。

 カチャ、と牢の扉が開かれた。

「手錠だの縄だのはいらねーのかよ。」

 1号は応答した。

「勇者の力を失ったあなたに何ができるんです?」

「それもそうか。」

 混乱しているのか、自分の痴呆さに自分で呆れていた。一瞬の手刀で自分を気絶させた者と同一の存在であるなら、ヒキコモリの不健康優良児筆頭である自分を御するのなど、お茶の子さいさいであることは間違いあるまい。

 牢は地下に存在していたようで階段を一歩一歩上がって行くと、長椅子が等間隔で並べられており、ステンドグラスがスポットライトのように地平を照らしている。牢が礼拝堂の地下にあるとは乙なものだと彼は思った。

 そして1号は彼を庭に連れて行った、今は真昼のようである。光は城の庭を照らしており、反射光が美しい薔薇園を視覚情報として彼の脳に伝達する。

「このように、弱ってる枝を切ってください。」

 彼女は実践で仕事を教えるタイプのようで目の前でやってみせた。彼も命がかかっているので真面目に観察してるものの、気だるげであることは隠しきれていない。

「あいよ。」

 そして、1号は宿舎のほうに連れて行った、宿舎は一転して木造建築である。城は祭りごとや政ごとに用いるようで、基本的に従業員や姫はここで生活しているようだ。

 1号は部屋の扉を開けたのち彼に部屋の掃除を見せた。

「あなたのやるべき仕事はこの2つです。そんなに難しくないでしょう?」

「余裕余裕wwwwwww」

 彼女はまたも、ため息をついた。

「その調子でお願いしますね。」

 朝食は噛み切ったガムの味がした。機械的に与えられた役目を果たし、その対価に生きていく権利を獲得することができる。そのためには自分を殺して、今日もバラの剪定をする必要があった。日差しが眩しく思えた。

 今日も来訪者が爛々とした目で、やってきた。

「おにぃちゃん今日も精が出るねー。」

 猫のような目をした彼女はどこか捉えどころのない雰囲気を醸し出しながら、話しかけてきた。

「おにぃちゃんって年齢じゃねぇだろあんたは。」

 エメラルドの様な眼球が静止し、動き出した。

「にゃはは、ツンツンしてるようだけど最初の元気はないみたいだねー。」

 王城で魔術研究をしているミレインはこうして雑用をしている勇者(笑)に定期的にちょっかいをかけてくるのであった。

「ほっとけ」

 じっくりゆったり、彼は順調に腐って行った。この狭い箱が彼を飼い殺すためのケージのように見えた。

「私にはね、あなたがこんなところに収まるわけ無いって思ってるのよ。」

 死んだ魚の目をして返した。

「それは研究者としての見解か?」

 彼女は満面の笑みで言い放った。

「女の勘よ。」

「陳腐だな。」

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