tracing a star
暗転―しかし、彼の目に映ったのは石を基調に作られたゴシック調の城で、神に対する敬意をふんだんにまぶした絢爛豪華をそのまま形にしたような空間であった。もし、神がいたとしたらこんなに祀られたところで鬱陶しいと感じるのは間違いないだろう。
彼は不安を紛らわせるように独り言を呟いた。
「wwwここが天国ってやつか?そりゃ俺は悪行の一つもしてねぇしなぁ......」
彼は甲斐性なしが罪であることすら知らない、おろかじぶんがそれに該当しないと本気で思いこむような愚か者であった。
「いいえ、ここはエスト王国の本拠地に当たる王城ですわ。」
背後から誰かから話しかけられた。
「初めまして、私はクリスティーナと申しますの。」
美しかった。流水上の桜吹雪に見紛えるようなピンクの髪に、びいどろのように透き通った青い目をしていた。ただ、なぜか今にももろく崩れ去ってしまいそうな、砂城のように感じさせる。
人が存在することに安心感を覚えた彼は、ひと呼吸ついた。
「僕は倉木 一。そっちは?」
「クラキ ハジメ様ですのね、覚えましたわ。」
彼女は目の前の彼が礼節などというものとは遠い存在であるにもか関わらず、丁寧に応対した。
「単刀直入に言います。あなたは魔王を倒すために召喚された、勇者ですのよ!!」
ビシ!!ッと指をさされた。あまりにも陳腐な流れに彼は笑いをこらえるのに必死であるようだった。
予定調和、既知感、陳腐、この状況を表すような言葉が広辞苑にいくらでも載っていることは確かだろう。
「テンプレ乙wwwwwwwチートとかついてる感じ?wwww」
「はい、異世界こられた際、勇者様にはこの世界において最強の力を手にしてるはずですわ!!」
彼女はそれが彼にとって名誉であり、間違いなく喜ばしく思うであろうことを確信している様子だった。
しかし彼を、そこら辺にいる凡なごくつぶしと一緒にしてはならないのである。彼はいうなれば誰がどれだけ欲しがっていた、血みどろになろうとも、手に入れようとしたものでもそれが鎖になりえるのであればどこかに放り捨ててしまえるような、そんな男であった。
「いらねwwww」
瞬間、彼の心臓から限りなく碧い、という言葉でしか形容のできない煙のような靄が空に浮かび上がった。馬鹿と煙は高いところが好きというが、前者は地に足をつけたままだった。
彼女の上手に取り付けたであろう仮面のような笑顔が崩れるのに、彼が勇者の力を放り捨てたという事実を認識するのにそう時間は必要なかった。そして彼女は彼の胸ぐらをつかんだ。
「それが……それが私がどれだけ欲しかったものか!!あなたにはわからないでしょうね……」
文脈もキャラクターもその瞬間は意味をなさなかった。
彼女はまさしく激昂していた。その力は誰もが手にすることのできるものでは無かったからだ。もちろん彼女もその枠には入っていなかった。
「少なくとも僕にはいらんwwwww勇者とかテラワロスwwwww」
「その力がないと、あなたは勇者としての役目を果たせないのですよ?」
彼は彼女に対して冷たい、路傍の石を見つめるような目で、抑揚も付けず言い放った。
「役目ってのは、そんなに重要なことなのか?」
「っっっっ!!」
彼女の相貌は歪んだ。歯ぎしりをするさまは100匹もの群れを統率している狼であると形容されても不思議ではないだろう。
「独房行きです!!1号!!」
彼女の呼びかけに事務的な響きをもって呼応した。
「はい。」
暗殺者さながらの手刀を食らい、彼は昏倒した。
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