差別をしては、いけません
第三次世界大戦は、戦勝国もなく、ただ世界中の人間と資源を消耗し、疲弊しきって終わった。その時人類は、自分達のあまりの愚かさに頭を抱えた。今までの歴史で幾度となく戦争が繰り返され、そしてその度に、次こそは平和を、平和な世界を、と心に誓ったはずなのに、それはいつも叶わない。
世界中の人間が口にした。「どうしたら、こんな無駄なことを2度と起こさずに済むだろう?」
誰かが答えた。「我々が、皆友人になれたら良い」
誰かがそれを鼻で笑った。「我々は、とても差別的な生き物だ。誰かと向き合うとき、そこには無意識に差別的な感情が存在してしまう。友情なんて成り立たない」
そして、誰かが言った。「それなら、差別をしない人間を育てよう」
そうして、世界で共通の教育機関が設立された。それは、それぞれの国の言葉で、世界学校、平和学校、未来の学校といった、希望を込めた名前で呼ばれた。
世界学校は世界中に建設された。子ども達は1番近い学校に通うのではなく、遠い異国の学校で学ぶため、親元を離れ、附属の寮で生活をした。各々の学校には様々な国から子ども達が集められ、様々な国の子ども達でクラス編成を行った。教師達も世界中から特に優秀な者が、これも様々な国から集められた。
まず初めに力を入れたのが、使用している人数がもっとも多い言語の勉強だった。まずは言葉でコミュニケーションをとるためだ。その言語を生活上不便しない程度に習得したら、次に使用している人数が多い言語を勉強した。そうして、卒業までの間に、多くの言語を勉強し、使いこなせるように、徹底的に教育がなされた。
言語の次に力を入れられたのが、自分の国だけでなく、クラスの生徒たち全員の国の歴史、宗教、文化の勉強だった。どうしてそのような文化が根付くことになったのか、歴史的背景も含めて、理解を深めていった。
授業の一貫として、平和的かつ有益な議論の方法も、実践を交えて勉強した。議題は様々で、どうしたらより良い世界が築けるか、次世代エネルギーについて、近年の異常気象について、迫り来る食料問題について、科学分野の研究の展望について、など、多岐に渡った。
時には意見が対立し、口論に発展することもあったが、教師は暴力を絶対に認めなかった。何度でも何時間でも議論を続けさせ、相手の主張の論理性、根拠、その主張をした意図、果ては思惑まで、理解出来るようになるよう、指導を続けた。
子ども達は、長年寝食を共にすることで、絆を深めた。海がある国の子どもはいかに海が大きいかを伝え、雪が降る国の子どもはいかに雪が美しいかを伝え、雨季がある国の子どもはいかにスコールが激しいかを伝え、砂漠がある国の子どもはいかに砂漠が自分達にとって畏れ多いものであるかを伝えた。
祖国の両親が恋しくて泣くときは、身を寄せあい、声をかけあい、励まし合った。
教師達は繰り返し、「差別をしては、いけません」と子ども達に教えた。「私達は皆、同じ人類です。家族であり、兄弟であり、友人であり、恋人であり、仲間です。同じ人類同士で、差別をしては、いけません。私達は、分かり合うことが出来るのです」
子ども達はそれを真剣な顔で聞き、力強く頷いた。
学校を卒業する頃には、子ども達の間には、何よりも強い絆が生まれていた。卒業してそれぞれが親元へと戻るとき、子ども達は泣きながら抱きあい、別れを惜しんだ。必ずまた会おうと約束を交わした。教師達はそれを見守りながら、この学校の目的が果たされることを確信した。
それから30年ほど経った頃。ちょうど世界学校の卒業生達が、世界中で活躍し始めた頃のこと。
とある2つの大国は、軍事的な緊張状態にあった。お互いに銃口を向けあったまま、相手が1発でも先に発砲すれば、すぐにでも100倍にして返そう。同じことを考えながら、銃口をお互いの額に突きつけあっている状態だった。
そんな時、片方の大国の大統領が、突如亡くなった。国内が混乱に陥りながらも、急いで次の大統領が宣言された。それは、世界学校の第一期卒業生だったという。
新大統領は着任早々、自国の武装解除を宣言した。
相手の大国だけでなく、世界中が驚きに目を見開く中、新大統領は声明を発表する。
「あの国には、私のかけがえのない友人がいる。友人に銃口を向けることは出来ない。友人の祖国へと爆弾を落とすことも、私には出来ない」
相手の大国の首相は、予想外の出来事に大いに戸惑った。その時、彼の耳元で、軍事総長が囁いた。「私なら、銃を下ろす。銃を捨て、両手を挙げている者を撃つことは、あまりにも非人道的だ。私達人間は、分かり合うことが出来る」
首相は頷き、自分達も武装解除をすることを宣言した。世界中が、2つの大国を称賛した。
この時の軍事総長も、世界学校の卒業生であったという。
世界学校の卒業生達は、決して暴力には訴えず、必ず議論を重ねて両者が納得する答えを探した。
彼らが、人類の多数を占めていくにつれ、世界はどんどん平和になった。戦争など遠い昔のものになり、国の違いを越えて人類は手を取り合い、より良い世界を築き上げていった。戦闘機には埃が被り、軍隊は自国または他国の災害支援にあたるのが唯一の仕事となった。
世界に、今度こそ平和が訪れた。
それから100年ほど経った頃。地球上の人類の殆ど全てが、世界学校の卒業生となった頃のこと。
他の惑星から地球に向かって、一機のとても巨大な飛行物体が近づいていることが判明した。
それは、まるで焦らすようにゆっくりと、しかし着実に地球へと近づいてきていた。まるで地球からの出方を窺っているようだった。
近づくにつれ、その飛行物体の中には生命体も乗っていることが確認された。人類とはまるで姿の違う、クラゲの体とタツノオトシゴの頭をくっつけたような、奇怪な生物だった。
世界はたちまち混乱に包まれたが、世界を代表するとある大国の大統領は、世界に向けて、落ち着き払ってこう言った。
「随分と久しぶりに、戦闘機の埃を払う必要があるようだ」
その大国に次ぐ、とある大国の首相も、それに答えるように宣言した。
「我々〝人類〝の、絆の強さを見せる時だ」
その頃、地球へとゆっくりと近づいていく飛行物体の中では、2体の生命体が、ウインドウ越しに地球を眺めながら、お互いに絡めた触手を通し、その生命体の言語を用いて会話をしていた。
より小さい方の生命体が、大きい方の生命体へと、言葉を送る。『見えますか? 彼ら、迎撃の準備をしているようですよ』
大きい方の生命体が、言葉を返す。『見えるよ。せっかく、長い内乱時代が終わって平和になったようだから、挨拶をしに来たのになぁ』
『怖がらせないように、一番小さい船に我々だけで、来たんですがね。武器も置いてきているし。やはり、先にメッセージを送っておくべきだったのでは?』
『無論、送ったさ。ただ、彼らはまだ宇宙線を使った通信を発見できていないようだ。我々が送ったメッセージは解読されず、ただの通信機器のエラーとして考えられているらしい。我々には、直接会うしか、連絡手段がないんだ』
『だとすると、この姿が原因ですかね。我々と彼らの見た目は、あまりにも違いすぎる』
『その可能性は、高いだろうな』
大きい方の生命体は、クラゲのような触手でタツノオトシゴのような頭を掻くと、窒素を少し吐き出し、小さい方の生命体へと、ぼやきを送った。
『まったく、差別をしては、いけません、って、学校で習わなかったのかね』
未来の学校 小木 一了 @kazuaki_o-o
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