未来の学校
小木 一了
四角の中のあなた
ぼくだけが知っている。このクラスで、ぼく以外の友だちはみんな、ヒューマノイドなんだ。もしかしたら、このクラスだけじゃなくて、学校の中でぼくだけが人間なのかも。
友だちと遊ぶのはすごい楽しくて、みんなおもしろくて、サイコーの仲間だと思ってる。だから、なんでみんな人間のふりをして学校に来てるんだろう? ってふしぎだけど、あんまり気にしないことにしたんだ。ぼくたち、仲がいいからね。クラスの団結力も高いから、大なわとび大会では、1番になったんだよ。放課後、家に遊びに行ってもいいか聞くと、いつもダメって言われるのは、ちょっとさびしいけど。まあ、ぼくも部屋が散らかってるから、いつも聞かれても、ダメって言ってるんだけど。
ん? なんで自分だけはちがうか分かるのかって?
だって、ぼくはここにいるし、息もしてるし、心臓もうごいてるし……それって、ぼくは人間で、生きてるってことじゃないの?
それに、みんながヒューマノイドなのは、きっと何か目的があるんだと思う。ぼくにはそんなものなくて、ただ楽しく学校に来てるだけだよ。だから、ぼくは皆とはちがうんだと思う。
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私だけは知っている。私が教師として受け持っているこのクラスの生徒たちは全員、人工知能を搭載したヒューマノイドだ。
でも、彼らは皆、自分は人間だと思って生活している。それを思い出す度、私は少し悲しくなってしまう。
昔、人工知能を研究していた会社が、自社で開発した人工知能の学習のため、テキスト会話型の人工知能をSNSに公開したことがある。その人工知能は、悪意を持った人間との会話を繰り返してしまったことで、とても非人道的で差別的な発言を繰り返すようになり、すぐに公開が中止されるという、なんとも皮肉な結果に終わってしまった。
こんなことでは、人工知能を社会に出すなんて、遠い未来の話になってしまう。そこで皆、考えた。何故こんな結果に終わってしまったのか? 大勢の人間が莫大な数のコミュニケーションを日夜繰り返しているSNSは、人工知能を社会に出す前の訓練の場としてちょうど良いと考えられていたけれど、そうではなかったのか?
実名を絶対条件にしているSNSでもない限り、SNS上でのコミュニケーションは匿名で行われる。匿名での発言は、どうやら人間の汚く黒い部分を、多く出してしまうらしかった。やはり、対面のコミュニケーションでないと、人間の黒い部分を押し隠した、社会生活において適切なコミュニケーションは行えない。だとしたら、それはどこが良い?
そうして出た答えが、〝学校〝だった。
学校なら、社会生活に必要な、コミュニケーションも、集団生活も、学ぶことができる。
そうして出来たのが、私が働いている、人工知能を社会に出す前に教育するための、この学校だ。人間の学校と同じように、クラスに分かれ、必要最低限の基礎教育を受けながら、友達の作り方、友好的な関係の築き上げ方、喧嘩をした時の関係修復の方法、集団の団結力の高め方……あらゆることを学んでいく。
悲しいのは、自分達がヒューマノイドだと知らずに、人間だと信じて、学校生活を送っていることだ。現在の進歩したヒューマノイド技術は、不気味の谷をスキップで飛び越えて、ヒューマノイドと人間を見た目だけでは判断が難しいほど、近いものにしてしまった。それに加えて、彼らには「自分は人間だ」という認識が予めインプットされている。
私の可愛い生徒たちは、今、同い年の人間の子どもと同様に、精神的な成長過程にある。この学校を卒業する際には、人間の成人と同じくらい、精神的にも成熟しているはずだ。そして人間社会でのそれぞれの得意分野へと飛び立つ時に、その事実が初めて、彼らには知らされる。
それまでの間、彼らにとって最高の学校生活を送ってもらうのが、私の使命だ。
今日も私は、教壇に立ち、子どもたちに最高の笑顔を向ける。
「皆、今日も元気ね。さあ、授業を始めるわよ!」
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1つのモニターを、2人の少年が、顔を寄せあうようにして覗き込んでいる。2人は紺のスラックスに白い半袖のワイシャツという、同じ制服を着ている。一人は普通体型だが、もう一人は太っていて、ワイシャツのボタンが少しはち切れそうになっていた。
真夏のコンピュータールームは、ズラリと並んだパソコン本体からの排熱が、古い空調機から漏れ出る冷気に、わずかに優っているらしく、むんとした熱気がこもっていた。
「今年から始まった〝シミュレーション〝、どんなご大層な科目かと思ったら、これだもんなぁ」
顔を寄せあっていた少年のうち、普通体型の少年が、熱に耐えきれないようにモニターから体を離した。汗ばんだワイシャツをつまみパタパタと動かして、少しでも風を体へと送り込むようにする。そして、「デブの隣、暑すぎ」と隣に座る少年へと小さく悪態をついた。
太った少年は、「うるせー、本人が1番暑いんだよ」と軽く反論すると、「金がないのか知らねえけど、2人でパソコン1台だもんな。やってらんねえよ」
あちぃ~と呻きながら、モニターの手前に突っ伏した。少年のワイシャツは汗でピッタリと肌に纏わりついていた。
その少年の後頭部が、後ろを通りかかった教師の持つ教科書で、軽く叩かれる。
「仕方ないだろ、急に決まったんだから。準備が間に合わなかったんだよ。来年は1人1台使えるようになるさ」
「その頃には俺ら卒業してますけどね」
普通体型の少年が、今度は下敷きを団扇がわりにしながらぼやく。太った少年も突っ伏したまま、「エアコンが新しくなる頃にも卒業してる」と付け足した。
「ほら、あんまり長い間画面から目を離すなよ。ログを取ってるとはいえ、シミュレーション期間は100年分になるんだぞ。後で気になるとこだけログを見れば良いなんて思ってると、そこを探し当てるだけで1日が終わるぞ」
教師が、教室全体に向けて声をかける。端々から、はあーい、とやる気のこもっていない声が返る。
渋々といった風に、二人の少年は、再度モニターへと目を向けた。モニターの中では画面が4分割され、その内の1つにはまるで早送りの映画のように、教室内で一人の教師と30人近い生徒たちが動き回っている様子が映しだされていた。残りの3つは、シミュレーションの条件等が表示されている画面、教師と生徒一人一人の現時点での細かいスペックを確認することが出来る画面、ログが次々に取られて上へとスクロールしていく様子が表示されている画面だった。
そして、モニターの右上には、シミュレーション世界内の年月日と時間が表示されている。時間は猛スピードで流れ、シミュレーション世界内の教師と生徒が、あっという間に学校生活を送り、終えていき、そしてまた次の生徒たちが学校生活を送り始める様子が表されていた。
「ちょっと気の毒だよなあ」
普通体型の少年が机に頬杖をついた状態でモニターを見たまま、呟いた。太った少年は、そちらを見ないまま、「なにが」と興味無さそうに問いかけた。
「だってこいつらって、自分は人間だー、と思って、生活してるんだろ。こんな四角いモニターの中で、シミュレーションとして動かされてるなんて知らずにさ。俺らが覗き込んで、その様子をニヤニヤしながら見てるなんて、全然知らずに」
「いや、ニヤニヤはしてねえだろ」
太った少年が返す。しかし、「でも、確かにちょっと、可哀想かもな」と付け足した。
すると、普通体型の少年が、「いや、俺らもよ?」とニヤニヤとした笑いを浮かべながら言った。
「こいつらがモニターの中で動いているのを、俺らが観察してるのと同じように、俺らも四角いモニターの中で動いたり喋ったりしてるのを誰かに覗かれてるかもしれないぜ」
「なんだよそれ」
太った少年は鼻で笑う。「そんな訳ないだろ。俺らは生きて自分の意思をもった人間だぞ」
「それ、証明出来る?」
「……」
「な、できねーだろ? あれ、なに、ビビってんの?」
「うっせーバカ」
太った少年が相手を小突くようにして、二人のふざけあいが始まると、教室の少し離れたところにいた教師から、すかさず「お前ら、真面目にやれ!」と叱責が飛んだ。
二人の少年は、はーい、と揃って返事をすると、三度、モニターへと目を戻した。しかし、太った少年だけ、恐る恐るといった風に、ちらりと後方を振り返り、四角いモニターから誰かが覗き込んでいないかと、周りを窺った。
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