第2話 夜が続けば月も出る(2)

 食道に着いて、ほっとする。明かりがまだついているし、人の声がする。

 良かった。まだ開いているんだ。そう思ってそっとサヤは中に滑り込んだ。ばっと振り返った人たちに、ぎょっとする。まるでサヤが化け物であるみたいな、そんな表情。

「ご、ごめんなさい。」

 とっさに謝った。なんか、まずかったかな。

 この学園の食堂も、なかなか趣味が悪い。分厚くて細長い木の板が継ぎ目なく使われた長テーブルは、触ると匂いが移る金属臭い金具がついていて、テーブルの端は使えない。お皿が傾くのだ。やたら飾りがついたテーブルの脚も、足を伸ばすとぶつかるし、乗せてしまうには高さがあって全然実用的じゃない。長い事使われていたことだけはよくわかる黒々とした木目は、それでも不思議とささくれなどはまったくなかった。

 食堂前方には教員席とステージがあって、その舞台のところに数人学生がまとまって何やら話し込んでいた。

 サヤが何も恐れることのないただの女子生徒だと認めて、その内の一人が、あっはっはと笑いだした。

「君も留守番組?」

 大きな声は食堂の高い天井をはるばる越えて届いた。すごいいい声。

「はい。」

 精いっぱい声を張り上げてサヤも答えた。

「こっちに来なよ。」

 少し迷ったけれど、それでもお腹が空いていたし、なんにもわからないまま寮に戻るのは嫌だしで、サヤは心を決め駆け出した。

「こんばんは。」

 駆け寄って、まず初めにとりあえず挨拶をした。挨拶は基本。基本をしっかりしないとね。知らない人ばかりだったけど、1人、顔なじみを見つけてほっとする。

「あ……」

 挨拶をしようと思って目を合わせてすぐに顔ごと背けられてむっとした。失礼じゃない?そうむくれたサヤに、初めに声をかけてくれた人が訪ねてきた。

「何年生?後輩だよね?」

「2年です。」

 この学校では、胸元にワッペンもしくはバッジをつけなくてはならない。所属のクラスと学年を顕すものの2個を、コートやセーター、シャツに付けなくてはいけない。もちろん室内用ポンチョにもだ。

「なるほど。僕らは3年で、こっちは2年。あと、寮のダイニングに1年生もいるんじゃなかったかな。」

 示された順にぺこりとお辞儀をしていく。

「ごめんね。怪談してたからびっくりしちゃって。」

 女子の先輩が手を合わせて謝る。

「怪談ですか?」

「うん。聞いた事ないかな?この学校の伝説。」

「七不思議、みたいな?」

「うーん、それどころじゃないよねー」

 楽しそうにその人は言って、片方の手で制服のリボンをいじっている。学年ごとに形の違うリボン、3年生だ。色は青。

「無駄にこの学校古いじゃん?もう、怪しい話が出てくるわ出てくるわ。」

 いっしょに聞く?とそう聞いてくれた時、間の悪いことに、サヤのお腹が盛大に鳴った。恥ずかしくて目をそらしてしまう。顔がさっと熱くなったのがわかる。

「わあお腹空いてるの?ごめんね気づかなくて。」

 ぱっとリボンから手を放して先輩が腰かけていた舞台から飛び降りる。ちょうど背にしていた演説台にかけられていた布がふわりと、ほんの少しだけ舞った。

「そういえば私達もまだ食べてない。」

「危ない、忘れるところだったね。」

 そう言って続けて壇から飛び降りた人も、ネクタイが青いから先輩だ。

「巡礼中は、ここでは食事しないんだよ。」

 最初の先輩が説明してくれる。

「調理室に直接行かなきゃ。おいで。」

 手招きしてくれるのについて行こうとしたところで、あ、っと止められた。

「ごめん忘れてた。名前、何ていうの?」

 ちょっと止まって一拍おいて、サヤは答えた。

「『ハト』。私、『ハト』っていいます。」

 この学園で一番変なところ。生徒達の名前だ。この学園に入るときに名前をもらう。

 サヤはここでは『ハト』という。

 変なの。そう思いながら、名乗る。それが規則だから。

「そう。『ハト』ちゃん、ようこそ。行こう、夕飯が僕らを待ってる。」

 そう言って歩き出そうとして、あっと、その人が振り返った。

「僕は、『クジラ』。」

 忘れるところだった、とその人は笑った。

 じゃあ、行こう。と、今度こそサヤ達は歩き出した。

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