ギャルの応援は心強い

「よくできました」


 明日の準備をしていると、どこからともなく声が聞こえた。


「濁さずきちんと相手に伝えられて偉かったよ? キミ、結構カッコよかった!」

「あれは果たして格好いいと言えるんですかね」

「うん、カッコイイ。もしそうじゃないって言う人がいたらウチが神の裁きをくだしたげる! そのくらいキミのしたことは誇れることだし、良いことだと思う。キミにとっても紗奈ちゃんにとってもね」

「そういってもらえるとありがたいです」


 俺がしたことは、どう言い訳しても人を傷つける行為だったことに変わりはない。


 それなのに、どうしてか以前よりも胸の突っかかりがとれたというか。どこかスッキリしている自分がいるのだ。


 それに、あの時のことを思い返すたびに思う。包み隠さず、正直な気持ちを伝えられてよかった。逃げなくて本当によかったと。


 もしあそこで自分を偽り体裁を繕うような真似をしていたらと思うとゾッとする。


「紗奈ちゃんはどうしたの?」

「自分の家に帰りましたよ」

「そっかぁ、寂しくなるね」

「落ち着いたらまた来るって言ってたんでどうせ忘れた頃にひょろっと現れますよ」


 そこまで言って、ふと気になったことがあった。


「というか、いつまで隠れてるんですか? 何もない空間と喋るのはなんか嫌なんですけど」


 先ほどからミコトが姿を見せないのだ。いつもなら壁や天井からにゅるっと顔を出してあの悪戯っぽい笑みを浮かべて現れるのに。


「だから言ったでしょ? 寂しくなるねって」

「はい?」


なんのことか分からずに聞き返すような相槌を取ってしまう。


「よーく目をこらしてみて」

「うーん」


 特に変哲のない黄土色の部屋の壁。


 めくるのを忘れてそのままの日めくりカレンダー。


 変わったところは特にない。


「あっ!」


 と、視界に青いものがうっすらと見え、やがて黄色の靄が蜃気楼のように揺れていた。


 それは人の形をしているのだと分かり、もっとよく見ると見慣れたギャルの姿だった。


「なんで透けてるんですか?」


 まるで飴細工のように透過していて消えかかった電灯みたく点滅している。


「もうそろそろ時間みたい」

「時間」

「いっちばーん最初に言ったの覚えてる? 神様がこの世界に長く滞在するのってあんまりよくないって。どうやら上の、ちょっと偉い人がウチを現界から切り離そうとしてるみたい。最初は見逃してくれてたんだけど、さすがにもうおこなのかな」

「そんな」


 ミコトとは、もうじきお別れだっていうのか?


 なんだかんだで数ヶ月一緒にいて少し仲良くなれてきた頃だと思ってたのに。


「もう、どうしてキミがそんな寂しそうな顔するの? あ! もしかしてウチに惚れちゃったとかぁ~?」


 透けていてよく見えないのに、人のことからかって楽しそうな表情を浮かべているんだろうなと安易に想像できた。


「そんなんじゃないですよ。ただ、お小遣いをあげなくてすむんだと思うと経済的に余裕が出るなって思って」

「む、生意気。せっかく弱ってるところにつけ込んでやろうと思ったのに」

「俺は山吹さん一筋なんですからそんなことしたって無駄ですよ。紗奈にもああ言ったんです。半端な気持ちでとっかえひっかえできません」

「・・・・・・そうだね。いいコト言うじゃん! 数ヶ月前のキミに聞かせてあげたいね」

「ですね」


 まさかこんなにも誰かを好きになって、誰かのために頑張るなど過去の自分は考えもしなかっただろう。どうせ何も考えず漫画でも読みながらポテチでも貪って日々を淡々と過ごしていたに違いない。


「で、それは明日着てく服?」


部屋の中で散らかった服をミコトがスケスケの指で指す。


「はい。山吹さんとの初デートで俺の勝負の日なわけですから変だと思われないようになるべくいいのを・・・・・・選んでたつもりなんですが」

「なるほど。そもそも選ぶほど手持ちの服がなかったってワケ」

「はい」


 服なんて中学の時に母さんから買って貰ったものしかない。俺のクローゼットは生きた化石状態になっているのだ。


 それに着る服の組み合わせなどもまったく知識がない。


 最近までこの世に存在する衣服はパーカーとジーパンだけだと思っていた口なのでそれが俺の中での最強の組み合わせでありただ一つの選択肢だった。


「プリントTシャツにほつれたセーター。チャックが壊れたパーカーに・・・・・・なにこれ? 雑巾?」

「それはケツから破れたパンツです」

「おおう・・・・・・」


 適当にクローゼットから引っこ抜いたから変なものも混じっている。手に持ったボロボロのパンツをぽいと投げると、ミコトは言った。


「まさかこの終盤にきて大ボスが待ち構えてるとはね」

「すみません。服は本当にこれっきしで。俺のファッショセンスが死んでいるのも相まってもはや絶望的です。全裸のほうがまだマシかもしれません」

「んー、ちょっと待ってね」


 そう言うとミコトは俺に背を向け、部屋の隅っこで丸くなりなにやら「ふむふむ」と頷いていた。


 なんだ?


「キミってさ」


 おもむろにミコトが言う。


「結構カッコイイよね」

「はい?」

「いや。実は出会った当初からず~っと思ってたんだけどね。キミホントカッコイイよ? マジで。ウチビビったもんね俳優かよ! って」

「最初は冴えない顔~とか言ってませんでした?」

「も~乙女心分かってないなぁ。そんなの恥ずかしかったからに決まってんじゃ~ん! ホントはカッコイイ! って思ってたのにキミのコト見てたら素直な気持ち言えなかったんだって!」

「でも俺、紗奈にも顔は別に格好良くはないって言われてるんですよ。世間の評価的に俺の顔は・・・・・・


 言ってる間にもだんだんと自信がなくなっていき、いや元々自分の顔に自信なんてないが。それでもなけなしの自尊心が崩れていくのを感じ気分が落ち込んでいった。


「でもさ、ブサメン~とは言われたことないっしょ?」

「それはないですけど。今まで出会ってきた人が優しかっただけかもしれないじゃないですか。本当は思ってたけど気を遣って言わなかったとか」


 自分で言ってて、なんだか的を射ている気がしてきた。


 そうだよ、世辞っていうのはタダでも言えるけど人の欠点を声高らかに指摘するのはリスクが高い。だから人は相手の顔色を伺いながら地雷を踏み抜かないように生きているんじゃないか。


 今だってミコトは俺を元気つけようと無理して言っているに違いない。そう考えると申し訳ない気持ちになりミコトの顔を見ることができなかった。


「とおりゃあっ!」

「ぐへっ!?」


 見ていなかったから、突然の衝撃に尻餅をついてしまう。


 ひらひらと、何かが舞っている。


 それを掴む。見慣れたラメ入りのギャルが机や筆箱に貼っているオシャレなシールだった。


『自分に自信を持つこと』


「キミはもっと自信を持って良いと思うんだよね。なんかちょくちょくネガティブな思考が表情にも出ててうーんってカンジ。ね、自分に自信を持てない人が陥る現象ってなんだか知ってる?」

「知らないです」

「それはね、自分で壁を作っちゃうコト。さっきもそうだけどキミ、ウチから目を離したでしょ? なんで?」

「だって、俺なんかの顔をマジマジ見てくるものだから、きっと不細工だなぁとか思っているんだと思って。それが嫌で、目を逸らして顔を背けてました」

「そっか。でもそれを見たウチは、どう思ったか分かる?」


 俺は首を横に振る。


「どうして目を合わせてくれないんだろうって、そう思った。ウチはキミのことよ~く知ってるからいいけど、それを例えば山吹ちゃんにしてみ? キミと話したいのに全然こっちを見てくれなくて、逃げるように顔を背けて。そしたら山吹ちゃん、きっと悲しむよ。勿論他の人もさ。自分に自信が無いってっていうのは態度や表情にもめっっちゃ出るから人とのコミュニケーションに思いっきり支障が出る。場合によっては相手に嫌な気持ちを与えちゃうコトもある」

「はぁ」

「買い物行ってさ、レジばっか見て全然こっちのこと見てくれない店員さんと、こっちの目を見ながらにこやかに挨拶してくれる店員さん。どっちがいい?」


 それは勿論。後者だ。


「ね? そんなんじゃ告白するとき、キミは絶対山吹ちゃんから目を逸らすよ?」

「でも、自信なんてどうやってつければいいんですか?」

「今までのことを思い出せばいいんじゃない?」

「今までのことですか・・・・・・うーん」

「最初に、人と話すことから始めたでしょ? そのあとに喜ばせること。次に、なんだっけ? あ、そう壁ドン!」

「そういえばありましたね。結局できませんでしたけど。それがどうしたんですか?」

「わかんない? キミはその三つだけで誰かと生きていくうえで最低限の技術を会得したんだよ?」


 壁ドンは、結局成し遂げることはできなかったが、代わりに山吹さんを守りたいという気持ちが芽生えた。小さな体と脆い心。そんな弱い力に対して俺は思いやりというあって当然のものに改めて気付かされた。


「人を怒れるようにもなったし笑わせることもできる。妬まれるほど魅力も手に入れたし伝えなくちゃいけないことはどれだけ気が重かろうと逃げることなく伝えることもできるようになった。これだけのスキルが今のキミにはあるんだから、それで自信がないなんて言ってたら謙遜もいいところっしょ?」


 確かに、人を怒るなんて面倒ごとに首を突っ込むような真似今までは絶対しなかったし笑わせるなんて労力を使うこともしようともしなかった。言いづらいこととかやりたくないことは全部後回しにして痛い目を何度も見てきた。


 そう考えると、俺は人間的にもかなり成長しているのかもしれない。


「顔つきも変わったし、冗談じゃなく。ウチは今のキミ、カッコイイと思うよ? だからさ」


 ひんやりと、冷たいミコトの手が俺の両頬を包んだ。


「がんばれ」


 今まで聞いたことのないような慈愛に溢れたミコトの声。


 応援してくれているミコトのためにも、そして紗奈のためにも。やらなくちゃいけない。もはや俺だけの問題ではないのだ。


 色々な人との繋がり。それを大切にするために俺は逃げてはいけない。大丈夫だ、逃げない技術はもう手に入れたから。


「あとこれだけはアドバイスね。告白したら、自分を褒めて?」

「褒めるんですか?」

「うん。そう。おもいっきり褒めてあげて。何があっても」

「何があってもって、はぁ・・・・・・」


 なんのことか分からないが、聞き返す前にミコトは俺から離れてチョッパチュップスを咥えて言った。


「神様が味方なんだから、安心しなって!」

「そうですね」


 飛行艇に乗ったつもりで、俺は明日。必ず山吹さんに告白することを決意したのであった。

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