じょうろスコップ、ハサミで咲く
「もう、こんなところでぐうたらして。豚になるわよ」
夕方頃、ソファで寝そべりながらテレビを見ていると母さんが帰ってきた。
「風邪治ったんでしょ? はいはいそこどいて」
「うげ」
土手っ腹に買い物袋を乗せられて思わず声が出てしまう。
ソファから転がり落ちた俺は猫みたいに伸びて言った。
「病人に対してなんてことをするんだ」
「どうせ仮病なんでしょ? 見てりゃ分かるわよ」
「・・・・・・さいですか」
あの風邪はミコトがかけた呪いだったので、仮病というのは間違いではない。母さんも千里眼を使えるのではないだろうか。なんでバレたし。
「暇なら手伝ってよ。お母さんこれから晩ご飯作らなくちゃならないんだから」
「別にいいけど。なにすればいいんだ?」
「庭のお花のお世話してきてよ」
「げー! 一番面倒なやつ!」
「文句言わないの。これスコップとじょうろ。それにハサミね」
もうすでに道具を用意していた母さんは俺の眼前にそれらを差し出した。
まぁ、いいか。あとで小遣いせびろう。
日が落ちてしまわないうちに庭に出た俺はさっそくじょうろに水を汲み花壇にぶっかけた。花ごとに水の適正量はあるらしいがそんなもの知りもしないのでその辺は適当だ。
あとはスコップで濡れた土をほぐして水を吸った部分が偏らないようにする。
「ふぅ」
水滴を含んだ花はこちらを向いて「ありがとう」と言っているような気がして悪い気分ではなかった。
しかし、この作業の嫌なところは手が汚くなるところ。爪の中に土が入り込んだり異様な臭いがしたり、あとで石けんでしっかり洗わなければならない。
「で、これなんだよな」
いつも渡されるハサミ。これだけはいまだに何に使うのかは分からない。せっかくだし聞いてみるか。
「なぁ母さん。このハサミって何に使うんだ?」
窓を開けて、キッチンの母さんに声をかける。
「そりゃあ、切るのよ」
「切る?」
「伸びすぎた枝とか花をね。そうしないと花壇や鉢から飛び出して折れたり枯れたりしちゃうのよ」
「ほーん」
なるほどね。よくわからん。
せっかく咲いた花を切るのか? そんなのもったいないしかわいそうだろう。
ほら見ろ。まるでおしべが俺に助けを求めているみたいではないか。
少しの間水やりをしただけなのによくわからない愛情が沸いてしまった。花恐るべし。
結局俺はハサミは使わずにじょうろとスコップを片付け、手を洗い部屋に戻った。
「おかえり。なーんか変なことしてたね?」
「花のお世話させられてました」
「ふんふん。なんか女の子みたいだね」
「そうですかね?」
布団の上で漫画を読むミコトは足をパタパタさせてどうやらご機嫌の様子。
俺はすぐに机の中から軟膏を取りだし足の親指に塗ったくった。
「どしたの?」
「なんか水虫っぽくなってきたんです」
「あーそれはやばいね。きてるね」
これも呪いの効果だというのか。意外にもう時間がないのかもしれない。
「あれ? 紗奈はどこに行ったんですか?」
部屋に戻ると一目散に駆け寄ってくる猫みたいなやつなのに、今日は姿すら見ていない。
「んー? ついさっき出て行ったよ? なんか用事があるって言ってた」
「そうですか」
よく母さんに見つからないで家出られたな・・・・・・。
「で、どうだったん? 紗奈ちゃん」
「・・・・・・そのことでしたら」
俺は先日、紗奈とデート紛いのことをしてあいつの気持ちを聞かせてもらった。
紗奈が俺に対して抱いている気持ち。そして俺を好きになった要因。
「紗奈は・・・・・・俺のことが好きでした」
最初は疑っていた俺だったが、紗奈か直接あんな話を聞かされてからは考えを改めた。
「だから言ったっしょ? で、キミはどうすんの?」
「紗奈に教えてもらって、ホンモノの好意ってやつがちょっとだけ分かった気がしました。一目惚れだったり徐々に好きになっていったり色々あるでしょうけど、結局そのどれもが同じ感情を抱いているんですね」
俺の言葉に、ミコトは黙って頷いている。正解か不正解かは教えてはくれなかった。
「だから俺、今度山吹さんに今度告白しようと思います!」
「おお! 踏み切ったね!」
「俺も多分。いえ、山吹さんに対するこの好きはホンモノだと思うので! それに今週末映画を見に行く約束をしたんです。良いタイミングだと思うのでなんとか勇気を出して告白を成功させて・・・・・・そして彼女を作って見せます!」
自分を鼓舞するように腕を高々とあげて宣言する。
俺がまさかこんなことを言う日がこようとは。この数ヶ月の間で、本当に俺は変われたのかも知れない。
そんな俺をミコトは讃えてくれるのかと思っていたのだが。どうしてかミコトは、時折見せる真面目な表情で俺を見て言った。
「紗奈ちゃんはどうすんの?」
「え? 紗奈ですか? いえ、別に紗奈とは何も。嫌いってわけではないですし可愛いとも思いますけど。俺はやはり山吹さんが――」
「だからって、放っておくの?」
「えっ」
ミコトは読んでいた漫画をぱたりと閉じると口にしていたチョッパチュップスを咥え直した。
「山吹さんと付き合ったら、そのあと適当に報告すればいいやみたいな、そんなカンジ?」
「まぁ・・・・・・それが一番紗奈にとって最善なのかなって俺は思いますけど」
言い終わって、ミコトの赤い瞳が俺を鋭く射貫いていることに気付く。
千里眼とはこの世の全てを視ることが出来るというが、ミコトは今、なにを視ているのだろう。
「はい。お告げだよ」
袖の中からスッとシールを取り出し、目の前で開いて見せた。
『拒絶して人を傷つけよ』
「なんですかこれ」
「だから、お告げだって」
「でも、これって」
このタイミングで言うのだから、ミコトの言いたいこと。そしてお告げの意味は嫌でも分かってしまう。
「そうだよ。キミは、紗奈ちゃんをフラなきゃいけない」
「ど、どうしてですか? そんなことしたら紗奈は――」
「傷つくね」
紗奈はあんなにも俺を好きだと言ってくれた。言葉だけじゃなく、態度や行動でもそれは伝わってくる。
そんな紗奈に対し、そんな好意に対し、お前のことは好きじゃないと言えるか? 言えるわけがない。
はっきりとした拒絶を、できる自信がない。
「自惚れるわけじゃないですが、紗奈が俺を思う気持ちはかなり強いんだと思います。そんな紗奈にありのまま事実を伝えるのは、少し配慮にかけるのでは」
「キミ、まさかそれを優しさだと思ってる?」
「だって、紗奈が悲しむ姿なんて。俺は見たくないです。できれば穏便にことを終わらせたいんです」
「そんなこと言ってるから。さっきもハサミを使えなかったんだよ」
ハサミ? さっきの水やりでのことか?
「花を切ったらかわいそう。せっかく咲いたのに勿体ない。でもね、そうしてる間にも花っていうのはどんどんどんどん一人でに伸びていくの。誰も切り捨ててくれる人がいなくて、そのまま伸びるだけ伸びていって。そして一人、ポッキリ折れてしまうの。キミが優しさだと思ってるのはね、ただの残酷なんだよ」
「残酷・・・・・・そんな」
「誰も傷つけないで恋愛をするなんてのは無理だ~って昔からよく言われてきたじゃん? それは当然、キミも例外じゃない。キミはもう立派に人を好きになって、好きになられる存在なんだから」
「今のは、褒められたんでしょうか」
「はいすぐにいい気にならない!」
背中をバシッ! と叩かれる。
「でもさ本気。ウチの言ってるコト理解できた?」
「一応は・・・・・・でも、俺にそんなことできるかどうか・・・・・・自信がないです」
「ま~こればっかりはね~ぶっちゃけ告白よりも難しいかもね。ウチもまさかキミにアプローチしてくる人が現れるなんて思ってなかったから対策できてなかった系なんだよね」
「でも、やるしかないんですよね」
「そういうこと」
今まで出てきたお告げ。どんなハプニングがあろうともこれにきちんと従ってきたから今の俺があると言っても過言ではない。
だから多分。今回も俺は従うしかなくって。お告げの通りに動かなかったとしても、姿勢だけは見せなくちゃいけない。それがきっと運命をたぐり寄せる的な何かだと思うから。
「わかりました」
本当は、分かってなどいなく、納得もしていなかった。
それでも、紗奈が一人でポッキリと折れてしまう。その情景が容易に想像できるほど彼女は儚く弱い存在なのだ。
ならばせめて、俺の見えるところで、二人一緒にポッキリ折れてやろうとそう思った。
「花を育てるのには水をあげるじょうろと、土を整えるスコップ。そして伸びすぎた花を切るためのハサミが必要。これは恋愛。ううん、人間関係にも言えることだから決して忘れないでね?」
「はい」
「気持ちを伝えないことってそれほどまでにリスクの高いこと。でも、キミなら大丈夫! ここまでやってきたんだもん。必要なのはもう技術じゃない」
ミコトの指が俺の胸をトン、と突いた。
「心意気っしょ?」
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