嫉妬する子は基本かわいい

「はい、あーん」

「あーん」

「おいしい?」

「ん~しょっぱいです」

「え~? 前は味付け濃くして~って言ってたじゃん」

「そんなこといつ言いました・・・・・・いででっ! あぁっ! 確かにそんなこと言ったかなー!」

「ん、でも大丈夫! ウチ、ソウタの理想のお嫁さんになれるように頑張るからっ!」


 チラッ。


「・・・・・・」



「ね、ウチのブルマ姿どう? 可愛い?」

「はぁっ、はぁつ・・・・・・そうですね。はぁはぁ・・・・・・可愛いと思いますよ」

「そんなに息荒くしちゃって。ソウタが我慢できないんなら。ウチ、ここでしてあげてもいいよ?」

「はぁはぁ、うっ・・・・・・はぁはぁ・・・・・・マジ、ですか」

「ほら、触っていいんだよ? ブルマ姿のウチに欲情しちゃってもいいんだよ?」

はぁ、はぁ・・・・・・とりあえずランニングが終わってからでもいいですか。というか並走しながら話しかけないでください走りづらいです」

「むーっ、そんなこと言うんなら。おりゃぁっ!」

「うわぁっ!? ちょっいきなり抱きつかないでください! このままじゃ体勢が崩れて倒れちゃいますよ!」

「にひひ~このまま倒れちゃえ~!」

「ぎゃー! 襲われるー!」


 チラッ。


「・・・・・・」



「えーではこれよりホームルームを始める。こほん、楠木。さっきからなにしてる」

「すみません。ミコトがどうしても俺に座りたいっていうんで」

「ソウタの膝の上すごい座り心地いい~。あはっ、そうだ。そっち向いちゃおっかな」

「なっ!? そんなことしたら、その、色々とまずい体勢になっちゃいますよ!?」

「いいからいいから。よいしょ、わ。こんな近くにソウタの顔ある」

「えーこほん、こほん。ホームルームを進めてもいいかね」

「センセイ。もうちょっとだけソウタに座らせて欲しいなぁ~」

「死ね! 楠木死ね!」

「あれ、今思いっきり陰口叩かれてた気がするんですけど」

「楠木は殺す! マジで羨ましい殺す!」

「ユルサナイ。ケシテヤル」

「ソウタのほっぺあったか~い」

「はは、はははは」


 チラッ。


「・・・・・・」



 ホームルームは教師の華麗なスルースキルにより順調に終わった。


 放課後になると生徒たちはそれぞれ部活に行ったりまっすぐ家に帰ったりと教室から散り散りに去っていく。


「なんか。ダメでしたね」

「ダメだったね。なんの反応もなかった」


 少女漫画もびっくりの絡みっぷりを披露した俺たちだったが結局山吹さんは俺の方を見ることなく黒板と机だけに意識を集中させてまっとうに勉学に励んで一日を終えた。


「まさか本当に脈なしなんですかね」

「そんなことはないと思ってたんだけどなぁ。この調子だと、マジかも」

「うわあああああああああ!」

「ちょっ! 発狂しないで、いったん落ち着こうよ。まだチャンスはあるって!」

「や、もういいっすよ。俺なんか生きてる価値ないんでこのまま男子生徒たちの生け贄としてこの身を捧げますよ最後にいい思い出ありがとうございました」


 嫉妬作戦も空振り。野郎共のヘイトを思う存分買っただけの大失敗だ。


 でも、これはミコトのせいじゃない。


 思えば神様の肌は敏感だからあまり触れないでとミコトが前に言っていた気がする。


 それなのにこうして俺とスキンシップをとってくれたということはかなり無理していたのかもしれない。俺なんかのために、不甲斐ないばかりだ。


「ウチ、今からチョッパチュップス買いに行くけどキミはどうするの?」

「一人にさせてください」

「ん、わかった」


 そう言ってミコトは他の生徒に紛れて教室を出て行ったかと思うと、すぐに窓から飛び降りて空を鳥のように飛翔していった。その際パンツが丸見えで、ピンクだった。


「・・・・・・」


 だがそんなのは今の俺にはどうでもよくて、ただただ項垂れながらゾンビのように帰宅するだけだった。




 校門を通り過ぎ、並木道に入ったところだった。


「あのっ」


 後ろから声をかけられ、振り向くとそこには息を切らした山吹さんがいた。


「えっ!? 山吹さん!?」


 いったいどうしたんだ。俺なんかに、何の用があるのだろう。


「こ、これからお帰りですか?」

「あ、あぁ」

「そしたら・・・・・・一緒に帰っても、大丈夫ですか?」

「・・・・・・」


 思いがけない言葉に、つい足を止めてしまう。


「あっ、ごめんなさいっ。迷惑でしたよね。あの、やっぱり今のは――」

「帰ろう」

「いいんですか?」

「断る理由もない」


 すると山吹さんは人一人ぶんくらいの距離を開けて俺の横についた。


「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 妙な掛け合いをして、俺たちは歩き出した。


 まさか山吹さんと一緒に帰れる日がくるなんて。最初の頃からは考えられないことだ。でも、脈なしの俺なんかにどうして山吹さんは付いてきたのだろう。


 しかもさっきから山吹さんはどこか落ち着きがなくて何度も口を開きかけてはやめてを繰り返している。


「はぁ」


 俺は、ついため息を吐いてしまった。


「あ、悪い」

「いえ。どうしたんですか?」

「なんか疲れちゃってな。ほら、今日ずっとあんな感じだっただろ? ずっと振り回されっぱなしだったから」

「そうですね、ずっと彼女さんと仲が良さそうにしていました」

「えっ?」


 彼女? どういうことだ? 


 俺はゆっくりと横を歩く山吹さんの顔を伺うように見る。彼女の表情は、どこか不機嫌そうで頬を少し膨らませていた。


 山吹さんって、こんな顔するんだな。


 なんだかとても意外で、ふくれっ面の山吹さんは新鮮だった。


「あれ、彼女じゃないぞ」

「でも・・・・・・」

「いや、言いたいことは分かる。すごく分かる。でも、そうだな」


 少し考えたあと。


「あれ、神様なんだよ」

「ほえ」


 山吹さんが素っ頓狂な声をあげる。これもまた聞いたことのないような間抜けな声で、とても可愛いと思った。


「一番最初に俺と山吹さんが話したときにさ、神様の話したの覚えてるか? あのときの神様が、ミコトなんだよ。なんでも高校生に憧れてたみたいで来たんだと。すごいよな神様ってなんでもありなんだ」

「あのとき、朝。教室で・・・・・・」

「あぁ。よかった、覚えてたか」

「はい。覚えてます。覚えてます。ずっと」

 

そうか。それなら話が早い。


「だから彼女とか恋人って関係じゃないんだ。そこは訂正させてくれ」

「そう、だったんですね」


 すると、山吹さんは晴れやかな笑顔を浮かべて言った。


「そうだったんですね」

「二回も言ったな。今」

「ふふっ、二回も言っちゃいました」


 どこか嬉しそうに見えるのは、俺の思い込みだろうか。


「あの、楠木くん」

「ん? なんだ?」

「声をかけたのは、ただ一緒に帰りたかっただけじゃないんです」


 そう言って山吹さんは二枚のチケットをカバンの中から取りだした。


「映画のチケットなんですけど・・・・・・その・・・・・・よかったら・・・・・・」


 すぅと息を吐き。


「一緒にいきましぇんか!」


 思いっきり噛んでいた。


「あう・・・・・・」

「だ、誰でも噛むことくらいあるさ」


 フォローしてみるものの、山吹さんは顔を赤くして今にも泣いてしまいそうだ。


「俺も山吹さんと映画行きたい。是非一緒に行かせてくれ」

「本当ですか?」

「こんなところでウソついたってしょうがないだろ」

「た、確かにそうですね・・・・・・じゃあ」

「あぁ、よろしく頼むよ」

「はいっ!」


 歩く速度があがり、まるで尻尾を振る犬のように体をウズウズさせている山吹さんと話しながら何分か歩くと、やがていつか来た一軒家が見えてきた。


「そうだ。連絡用にライン交換したほうがいいよな」

「らいん? ですか?」

「あぁ。インストールしてあるだろ?」

「?」


 首を傾げる山吹さん。


「もしかして知らない? ライン」

「すみません」

「山吹さんスマホだったよな?」

「はい。ですけど全然使ってなくって」


 そう言って山吹さんがスマホを見せてくる。


「そのらいんというものをいんすとーる? すればいいんですか?」


 横文字の言葉をたどたどしく話す山吹さん。


「俺がやろうか?」

「本当ですか? 是非お願いしますっ」


 女の子のスマホをいじくるのもどうかと思ったのだが、山吹さん躊躇なくスマホを差し出してきたのでまぁいいかとホーム画面を開く。


 アプリは最初からあるもの以外何もインストールされてなくすっからかんの状態だった。


 俺はすぐにダウンロードサイトからラインのアプリを落としインストール。アカウント設定とかはあとでしてもらうことにしてとりあえず俺のアカウントを友達に追加してもらおう。


「山吹さん、ちょっとそのスマホ振ってくれるか?」

「振るんですか? わかりました」


 そう言って山吹さんはスマホ両手で握りしめてブンブンと一生懸命振り始めた。


「そんな思いきりじゃなくても軽くでいいぞ。こんな感じで」

「あ、そうなんですね・・・・・・」


 自分のしたことが恥ずかしかったのか赤くなった顔を隠すように山吹さんは俯いた。


 ピコンと軽快な電子音が鳴ったのを確認して、山吹さんにメッセージを送る。


「わぁ、本当にこれだけでいいんですね」

「これでいつでも連絡を取り合えるな」

「楠木くん、このうさぎさんのマークはなんですか?」

「それはスタンプだな。ほら、こうやって選ぶと」


 山吹さんの画面に、ピースをしたクマのスタンプが送られる。


「とっても可愛いですっ! 他にもあるんですか?」

「あぁ。例えばこれなんかは・・・・・・」

「ゾウさんです! これはたぬきさんですか? 色々あるんですね、ふむふむ。あ、このお寿司のスタンプも面白いですね。これも使えるんですか?」

「それは有料だな。いわゆる課金だ」

「課金・・・・・・」


 すると山吹さんの指は迷うことなく購入ボタンを終え、あっさりとそのお寿司が挨拶をしているよくわからないスタンプを買っていた。


 ピコン。


 俺の画面に、足の生えたかんぴょう巻きが現れた。


「ふふっ、楽しいですね」


 まぁ、山吹さんが楽しんでくれたのならよかった、のか?


 そのあとも山吹さんが色々なスタンプを探して次々に買っていくその姿を微笑ましい半分少し心配になっている俺だった。  

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