学園ラブコメの波動

「なぁ楠木」

「なんだ?」


 机に突っ伏しながら眠気と格闘していると、ジゴロ壁ドン太郎が話しかけてきた。


「今日はやんねぇの? 食いもんでギャグ言うやつ」

「あれは昨日限りの特別サービスだ。来年に期待してくれ」

「なんでぇ、マジで面白かったのによ」


 何故か昨日のあれはクラスでは概ね好評だったらしいが、俺はというと二度とやりたくないという心情だった。


「あのギャグさえあれば今日くる転校生とだって仲良くなれるだろうに」

「別に誰かと仲良くなるためにしてたわけじゃないしあんなのを持ちネタにするのも御免被る」


 ん?


「って、転校生って言ったか?」

「もしかして知らねぇの? すげぇ可愛い子が転入してくるってもう噂で持ちきりだぜ?」

「マジか」


 知らなかった。というかそういう情報っていったいどこから流れてくるんだ?


「でも珍しくないか? この時期に、そもそも高校で転校なんて」

「さぁな。家庭の事情だろ? んなことはどーだっていいんだよ。大事なのはその超可愛いって噂が本当なのかだ」

「それは見てみれば分かるんじゃないか?」

「だな。あーはやくこねぇかなぁ」


 じっとしていられないというように期待を露わにしているジゴロ壁ドン太郎を尻目に俺は頬杖をついた。


 正直、ど~でもよかったのだ。


 転校生で超可愛い子? どうせ校内を案内するとか言ってお近づきになりたいんだろ? そんなの、クラスのカースト上位のやつの仕事だ。俺にはまったく関係ない。


 やがてホームルームのチャイムが鳴ると、いつもより少し遅れて教師が入ってきた。


「おはよう。えー、突然だがみんなに転校生を紹介する。入りなさい」


 お決まりのようなセリフを台本を読み上げたかのように言うと、それを合図に扉が開けられた。


 その瞬間。「おおっ」と主に男どもの声が一斉にあがる。窓の外を眺めていた俺にもその転校生が噂に違わぬ美少女なのだということは分かった。良かったなジゴロ壁ドン太郎。


「それでは、自己紹介をしてくれるかな」


 教師が言うと、その元気のいい声が教室の端っこまで聞こえてきた。


「はじめまして~っ! 東京の方から引っ越してきて、突然だけどみんなと同じ教室で勉強させてもらうことになりました~っ! こっちには来たばっかりなので、まぁぶっちゃけ全然分かんない! マジ卍って感じだからそこんとこヨロシク! てか学校ってこんなとこなんだね~はじめて来たけどいい感じじゃん~!」


 とても、とても聞いたことのある声と話し方。


 教室内で「ギャルだ」「めっちゃギャルだ」とざわめきが起き始めたタイミングで、俺は視線を窓の外から教壇の方へと移した。


「ミコトっていいま~す! みんなよろしく~☆」 


 そこでは見慣れた金髪のギャルが、いつもの和服ではない、新鮮な制服姿を披露してそこにいた。


「あーーーーーー!!」


 俺は思わず立ち上がってしまい教室中の視線を集める。


 ミコトはというと、何やら楽しそうにニカっと笑って見せた。



 ホームルームが終わると、クラスメイトが一斉にミコトのところへ向かった。


 どこに住んでるのとか、彼氏はいるのとか。肌綺麗だねとか、髪は地毛なの? なんでチョッパチュップス咥えてるの? とか。それはもう人気者だった。


 クラスの陽キャたちが一斉に群がったものだから、陰キャである俺があぶり出されたようにポツンと一人座っていた。


「なぁなぁ! 良かったら俺が校内案内するよ! やっぱ来たばっかだとわかんねぇだろ?」


 喧噪の中にジゴロ壁ドン太郎の声が聞こえた。


「うーん、別にいっかなぁ~。てかごめんねみんな。ちょっといい?」


 すると、虫のように群がっていたクラスメイトが道を作り、その中からミコトが顔を覗かせた。


そしてそのままズンズンとこちらに向かってくる。止まる気配はなく、やがて俺の元へと辿り着いたミコトは俺の腕に抱きついて言った。


「ウチ、ソウタと一緒に回るから」


 その瞬間、教室の空気が凍り付いたのが分かった。


「えー!? なになに!? ミコトちゃんって楠木と知り合いなの!?」

「まさか彼氏とか!?」

「んー、まぁそんなとこかな。だからごめんねみんな」


 ひしひしと向けられる興味の視線が殺意の視線へと変貌していくのを感じていた。


 殺す。殺す。


 そう、クラスメイトたちが(主に男子)ゾンビのように呟いている。


「ほら、いこっ? ソウタ♡」


 言われるがまま引っ張られ、ジゴロ壁ドン太郎の悲しそうな顔が最後に目に入り。俺たちは教室を後にした。


「あのっ! そろそろ離してくれませんか!」


 屋上近くの踊り場まで来たところで俺たちは足を止める。


 ミコトはすんすんと鼻を鳴らして「埃っぽいねここ」と愚痴を漏らしていた。


「なにしてるんですか」

「高校生してます」

「神様なのにですか?」

「な、なにかなその顔は~。いいじゃん別に~ちょっと憧れだったんだよね高校生ってやつ。ウチが読んだ漫画も全部高校生モノだったし。それにこういう青春みたいなこと、キミだってやりたかったっしょ?」

「さっきのあいつらの視線見てなかったんですか? あれは人を殺す目ですよ。人間を動かすのはいつだって嫉妬と妬みなんですから」


 今でも覚えている。「なんであいつがあんな可愛い子と・・・・・・ぐぎぎぎ」と歯をきしませ目を血走らせるあいつらの顔を。


「お、よく分かってんじゃん」

「はい?」

「だーかーらー。嫉妬だよ嫉妬。今キミが言ったっしょ? ウチはそれの手助けに来たってコト」

「・・・・・・すみませんどういうことですか」


 さっぱり話の意図が掴めずにいる俺の眼前にビッ! とシールが差し出された。


『嫉妬させたらもう勝ちゲーじゃん?』


「そう! まさに嫉妬とは人の心を動かす最高の感情! 恋愛モノの漫画とかでよくあるっしょ? いつだって嫉妬っていうのは二人の間にあった均衡を破ってきたの」

「それは、まぁありがちなやつですね。でも、勝ちゲーっていうのはどういうことなんですか?」

「あれ、わかんない? さっきキミがクラスメイトから嫉妬されてたのは、あの人たちがウチに対して好意を持ってからっしょ? じゃあ例えば、ウチがこうしてキミとイチャイチャ絡んで、それを見た山吹ちゃんが嫉妬したとしたら?」

「あ・・・・・・」


 そうか、それは山吹さんが俺に対して好意を持っているということになる。


「ウチはほら、可愛いじゃん? だから嫉妬されてもホントの好きってのとは違うかもしんないけどね。でもキミは別に顔もよくないでしょ? それでも嫉妬させるのに成功したら、ほら。勝ちゲーじゃん」

「なるほど」

「嫉妬っていうのは要は自分の気持ちに気付くことなんだよ。もし山吹ちゃんがキミのことをまだ異性として見てなかったとしても、嫉妬心が芽生えることで『もしかして私はあの人のこと好きなのかも!』って思うかもしれないっしょ?」

「そうなってしまえば、確かに勝ちゲーですね」


 なんか今までで一番納得のいくお告げかもしれない。


 これなら俺と山吹さんとの距離も一層近づける、そんな希望を微かに胸に抱いた。


「で、嫉妬させるとは言ってもどうするんですか?」

「んー、ぶっちゃけキミにできることはないかな。大丈夫! そのためにウチが来たんだから。飛行艇に乗ったつもりで任せてよ!」

「大船に乗ったつもりの最強版、でしたっけそれ」

「お! よく覚えてたね! そうそう、確か初めて会った日だったよね。あの夜はお互い長い夜だったよね」

「チョッパチュップス舐めてただけでしたけどね」

「うん、美味しかったなぁ。キミのチョッパチュップス♡」


 そう言ってミコトは艶めかしい唇にわざとらしく舌を這わせてすり寄ってきた。


「まさか、こんな感じで今日一日行くんですか」


 俺の質問には答えず、ミコトはただ楽しそうに笑うだけだった。



「ソウタ、教科書忘れちゃった。一緒に見よっ」


 机をくっつけ、ミコトが 俺の領域に侵入してくる。


 そして当然、周囲からはものすごい視線を感じる。


「ねぇ、キミってもしかして友達いないの?」


 ミコトが耳元でぼそっと話しかけてくる。なるほどね。みんなの前ではソウタって呼び方で二人で話すときはいつも通りキミ、と。


「仲いいやつらは他のクラスなんですよ。このクラスではいまいち馴染めてないのは確かですけど」

「だよね。だって普通親友の一人や二人が茶化しにきてもおかしくないのにだ~れも来ないもんね」

「ほっといてください。あーでも一人、最近仲良くなったやつがいます。ほら、あそこの――いや、ダメだあいつ死んでやがる」


 俺が視線を向けた先では、ジゴロ壁ドン太郎が机に突っ伏して意識を失っていた。


「山吹ちゃんは?」


 ミコトが言い、バレないよう視線だけを横に向ける。


「いつも通り、真面目に授業受けてます」

「こっちを気にする様子はナシかぁ」


 今のところ、嫉妬なんて感情は1ミリも感じられない。というか、山吹さんって嫉妬とかするのだろうか。そんな醜い感情なさそうだが。


「案外脈ないのかもね~」

「・・・・・・」

「ありゃ、ショック受けちゃってる」

「いきなり人の心を折るようなこと言わないでください」

「にひひ、大丈夫。もしダメだったときはウチが貰ってあげるよ。ソ、ウ、タ♡」


 ふーっと耳に息がかけられ、俺は思わず立ち上がり、


「うほわぁっ!?」


 と間抜けな声をあげてしまう。


「そこ、仲が良いのはいいことだが授業はしっかりな」

「・・・・・・すみません」


 頭を下げて謝罪をすると、くすくすと笑うミコトの姿があった。


 それに釣られて教室に笑いが――起きることはなくただただ野郎共の嫉妬の炎が燃えさかるだけだった。

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