気持ちの伝えかた

「で、壁ドンはできたの?」


 俺が部屋で寝転がっていると、コンビニの袋を持ったミコトが入り口に立っていた。


 ミコトが俺の金をほとんど漫画に使ってしまって以来、お小遣い制度を作りミコトには千円だけ渡すことにした。ボコボコに膨らんだ袋を見るとどうやら有り金でチョッパチュップスを買えるだけ買ってきたみたいだ。なんて金遣いの荒い。


「それが、いいところまでいったんですけど。途中で断念してしまいました」


 俺は、ミコトのお告げを実行することができなかった。今までこんなことなかったし、神様のお告げをないがしろにするのは罰当たりなことなのかもしれない。


 怒られることを覚悟で正直に言ったのだが、目の前の神様は相変わらず美味しそうにチョッパチュップスを頬張っているばかり。


「ふんふん、断念した理由は?」

「あの、やっぱり壁ドンってイケメンがやるからこそ絵になるし効果もあると思うんです。だから俺みたいなやつが壁ドンなんてしても逆効果にしかならない気がして」

「それと?」


 ミコトは心を見透かすような神秘的な瞳で俺を見ていた。


 隠していても仕方ない、俺は恥を捨てて思ったことを素直に言ってみることにした。


「あんなか弱い女の子に乱暴な真似はしたくなかったんです。そんなことよりも守りたい、そばにいてあげたいって、そう思ったんです。・・・・・・あの、もしかしてこれが人を好きになるという感情なのでしょうか。俺、あのときすごく山吹さんが可愛く見えて」

「なーほどね。割といいとこまで言ったんじゃん? でも、それが好きって感情なのかって言われるととちょっと違うかもね」

「そうなんですか?」

「だって、その感情なら道端で倒れてる子猫とかにも同じようなものを抱くっしょ? それは生き物の遺伝子に組み込まれた潜在的な感情・・・・・・ううん、反応って言った方がいいかもね」

「難しいんですね、恋愛って」

「んーや? そんなことないけどね。相手のこと少しでも可愛いと思ったらそれは好きでいいし、話してて楽しいと思ったらそれも好きで片付けていいと思うよ。でも、キミは知りたいんでしょ? ホンモノ」


 ミコトの言うホンモノとは、きっと俺の知らない、想像もできない超常的なものだ。


 俺だって初めてする恋愛然り初めて作る彼女然り、きちんとしたものがいい。いきなり悪女を掴まされたりしたら恋愛なんて今後の生涯二度とやらなくなりそうだ。


 それに、俺はもっと山吹さんに抱くホンモノの好きを知りたい。異性にこれほど興味を惹かれることなんて今までなかったわけだし目の前に恋愛の神様がいるとくればこれほどのチャンスはないだろう。 


「でも、今回もしっかり収穫も得たことだしなかなか順調なんじゃない?」

「収穫」、ですか?」


 聞くと、ミコトは嬉しそうに次のチョッパチュップスの包装を解いている。


「そ。今回の収穫は、キミにきちんと自我があったって確認できたってこと」

「自我くらいありますよ、昆虫じゃあるまいし」

「んーや。昆虫だったね、前までのキミは」


 虫には思考という概念がなく、ありとあらゆる行動は脊髄の反射によって決められている。それを冗談めかして皮肉ってみたのだが、まさか肯定されるとは・・・・・・。


「キミ、ウチが願い事を聞いたときなんて言ったか覚えてる?」

「えぇっと、確か彼女が欲しい。でしたっけ」

「そう、それなんだよね」

「というと」

「だって、おかしいと思わない? 自分の意思で恋愛がしたいと思うなら彼女が欲しい、じゃなくて彼女を作りたい、でしょ?」

「あ・・・・・・」


 図星の俺に構わずミコトは続ける。


「ウチに参拝に来た理由も友達に連れてこられたからみたいだったし。正直、この子自主性とかそーゆーのまったくなくって、周りの環境に合わせて生きて外からの刺激に反応して動いてるのかなって思っちゃったよ。ね? 昆虫でしょ?」

「でも、俺は人間です」

「ん、だよね。それは今回のことで分かった。だから、ごめんね」


 ミコトは頭を下げるわけでもなく手を合わせて謝罪するでもなく、困った笑みを浮かべてそう言った。


「しょーじきね、壁ドンはしてもしなくてもどっちでもよかったんだ」

「えっ! そうだったんですか!?」

「うん、でもキミはしなかった。ウチはするよう言ったのに。それは紛れもなくキミの意思だよね? キミは聞くばっかりじゃなくって、自分の考えや倫理観を持ってそれを行動原理に落とし込んだの。それって以外と難しいことでできない人はたくさんいるんだよ」


 そんなこと、全然考えてなかった。


 自我とか意思とか反応とか、難しいことはさっぱり分からない。ただ俺は山吹さんに嫌な思いをして欲しくないという一心だったのだ。


「よし!」


 ミコトは立ち上がると、コンビニ袋の中からチョッパチュップスではない、別のものを取り出した。


「ケーキですか?」

「そ! 今日は新しいキミの誕生日! なかなか粋な計らいっしょ? ささ、ウチが祝ってあげるから」


 座るよう催促され俺は言われたとおり座布団に腰を下ろした。


 大げさな話だが、なんだかくすぐったいというか恥ずかしいというか。でも悪い気分ではなかった。


 今まで受動的だった俺が、初めて自分の意思で動いたことを記念する日。はは、なんだそりゃ。世界一くだらない祝日だな。


 ミコトはチョッパチュップスをケーキに一本突き刺した。


「じゃあ、もっかい聞くね? キミの願い事は?」

「彼女を作りたいです」

「ん、よくできました!」


 そう言って、俺はケーキを一口食べる。


「おいしいです」

「でしょ? 一番高いやつ買ってきたんだから。ふふん」


 胸を張って鼻を鳴らすミコト。


 って、ん?


「あれ、ちょっと待ってください。チョッパチュップス何個買いました?」

「ほえ? えぇーっと、30個くらい?」

「そのケーキはいくらでした?」

「500円」

「俺が渡したのはいくらでした?」

「1000円」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 俺は義務教育はしっかりと受けた。だからこんな簡単な計算間違えるはずもない。


 まさか! 


 俺は急いで自分の財布を確認して、金が入っている場所ではなくポイントカードなどが入っているポケットを探した。


「あー! やっぱり! mamakoカードがなくなってる!」

「mamakoカード? あ、もしかしてこれ? やー助かったよ。お会計したら見事に予算オーバーしちゃっててどうしようか迷ってたんだけどこれをレジにかざしたら『ぴょこん』って可愛い音が鳴って支払いできちゃうんだもん。もーこんないいの持ってるなら早く言って――」

「あああああああああああ!!!!」

「って、あれ? なんか怒ってる系?」

「当たり前じゃないですか! それは電子マネーっていって現金をチャージしてはじめて使えるようになるものなんです!」

「ありゃ、見せれば何でも買えるパスポート的なのかと思ってた。あはは」


 あははじゃないが!


「他には」

「へ?」

「まさか他にも何か買ったものがあるんじゃないでしょうね」

「・・・・・・」


 ミコトの額に汗が伝う。


 間違いない、ミコトはmamakoカードで他にも買い物をしている。どこだ、どこに隠している。


「あれ、帯の下のところ。いつもそんなに盛り上がってましたっけ」

「ぎくっ」


 着物を結ぶ帯の下。言ってしまえば足の間に不自然な膨らみが見えた。


「見せてください」

「いや」

「中を見せてください!」

「いや!」


 子供みたいに駄々をこねるミコト。ええい! もう!


「いいから見せてください!」

「ほにゃああああっ!?」

「暴れないでください!」

「や、やめて! 裾引っ張らないで、あっ! ちょっ! ウソでしょ!? キミ、神様のスカートめくるっていったいどういう・・・・・・!」

「着物なんだからセーフですよ」

「そうなの? なんだよかったぁ。じゃなくって! 神様になんてことしようとしてるの! 命令だから今すぐやめなさーい!」

「やめません! これは俺の意思です! 俺は今日、生まれ変わったんです!」

「ら、らめええぇぇぇ!!」


 このあとめちゃくちゃ化粧品出てきた。 



 まるで四次元のポケットのように次から次へと出てきた化粧品を全てコンビニに返品しに行き、帰ってくると部屋の真ん中でミコトが正座していた。


「まったく。いいですか、神様界ではどうか知りませんけど人間界ではお金っていうのはすごく貴重で特に俺みたいな学生は限られた貯金でやりくりして生きてるんです」

「はい・・・・・・」

「それをホイホイ使われたら俺の今までの計画も全部おじゃんだしこれから何かあったときの緊急用の費用もなくなっちゃうじゃないですか。俺が勝手にそこで山になってるチョッパチュップスを全部食べちゃったらどう思いますか?」

「だめ! それは絶対ダメ!」

「ですよね? お金っていうのはそれくらい大事なものなんです。わかりましたか?」

「ごめんなさい・・・・・・」


 粗相をした犬のようにうなだれるミコト。


 う、だいぶ落ち込んでるな・・・・・・。もしかして言い過ぎたか?


 どうやらただ知らないだけみたいだしそんなに怒るようなことじゃ・・・・・・いや、でも。


「ふふ」


 見ると、さっきまで落ち込んでいたかのように見えたミコトは肩を震わせ口を三日月のように歪めていた。


「ふふ、ふふふふふ!」

「な、なんですか」


 気でも触れたのか気味悪く笑うミコトに物怖じしてしまう。


「そう、それだよ!」


 ビシィッ! と指を指されたのと同時に、一枚の紙が差し出される。


「ってこのレシートさっき買ってきたときのやつでしょう? あ! 貯めたポイントも全部現金に交換されてる! だからさっき返金するとき店員さん困ってたのか!」

「ちがうちがう! その裏!」

「裏?」


 見るとそこにはいつものシールが貼られている。


 ミコトの目は例の通り赤く染まっており、俺を見据えるその姿だけはなんとも神様っぽい風格がある。


『人を怒り正すべし』


「怒るって、どういうことだと思う?」


 ミコトが投げかけてきたのはとても抽象的な質問だった。


「そりゃ、叱るとか、注意するとかそういうことですかね。定義は割と曖昧だと思います」

「んー、かすりもしない!」


 チョッパチュップスを横に振るミコトはどこか嬉しそうだった。


「いい? 怒るっていうのは言い換えれば『自分と相手の価値観の違いを伝える』ってことなの。例えばキミはさっきウチにお金の貴重さを説いてくれたでしょ? それは神様と人間の間に金銭感覚のズレがあるからで、それをキミは伝えてくれた」

「まぁ、そうですね」

「怒るってなんだかマイナスなことのイメージがあるけど本来は積極的にしていくことなんだよね。あ、勿論だけど責めたり怒鳴ったりするのは違うからね? それはただの独りよがりな自己満足にしか過ぎないから。だって、価値観の相違を伝えるのに怒鳴る必要も相手を否定する必要もないでしょ?」


 確かに、すぐに大きな声をあげる人とか見当違いな罵倒を浴びせる人はよく見る。


「ウチはさっきキミに怒ってもらってお金の価値に気付くことができたし、それと同時にキミが一体どういったことに重みを置いているのかも分かった。怒るっていのはれっきとしたコミュニケーションで互いの理解を深めるのに一番手っ取り早い方法なんだよね」

「それは、分かりましたけど。あの、それが俺が彼女を作ることに何の関係があるんですか?」


 俺の質問を愚問だというようにミコトは謎のドヤ顔を浮かべて言った。


「自分の気持ちを伝える。これってどっかで聞いたことない?」

「・・・・・・告白、ですか?」

「パンポン」

「なんですかパンポンって」

「ピンポンの別バージョン。ほら、ピンポンパンポンって言うじゃん」

「しょうもないボケ挟まないでください」

「だからね? キミが彼女を作りたいっていうのなら、必ず告白しなきゃいけない場面っていうのは来るから。それの予行練習だと思えばいいよ」


 自分の気持ちを伝える。まぁ、言いたいことは分からんこともない。


 告白も、結局は自分の価値観を相手に伝えているに過ぎない。それはダメだよと怒る行為。あなたが好きだという行為。そのどちらも根底は同じ。


「でも俺、怒ったこととか全然ないです。さっきのは例外中の例外で。それに怒るって、なんていうか」

「怖い?」


 俺が思っていたことをビシャリと当てられる。


「相手に反感を変われて嫌われるのが怖いんでしょ」

「そりゃそうですよ。なにかにつけて難癖付けてくるやつって気分のいいものではないですしどっちかっていうと距離を置きたいタイプの人間ですもん」

「じゃあキミは、告白する時も相手に断られて嫌われるのを怖がって逃げるの?」

「・・・・・・」


 俺は言葉を発することができずに俯いて押し黙ってしまう。


「ま、言ったじゃん? 練習だって。気軽にやればいいっしょ!」


 無言の空間を打ち消すミコトの明るい声。


「怒るっていうのは、相手に理解させて相手を理解すること。決して価値観を押しつけるためのものじゃない。これだけ覚えておけば、まーやらかしちゃうこともないと思うよ」


 そう言って、ミコトは俺の食いかけのケーキを口いっぱいに含んで飲み込んだ。


「ん~! 美味しい~!」

「なんでイチゴまで食べちゃうんですか!」

「えー? だって残ってたんだもん、嫌いなのかと思っちゃった」

「そんなわけないじゃないですか! 俺は好きなのは最後にとっておくタイプなんです! そもそも俺のために買ってきてくれたケーキなんじゃないですか!?」

「もーそんなに怒鳴らないの。ほら、伝えて伝えて」

「うぐぐぐぐ! つ、次からは気を付けてくださいね。俺はイチゴを最後に食べる派なんで」

「あははは! うまーい!」


 ケラケラと笑う神様に俺は思った。


 多分一生、神様の考えを理解することができないと。


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