守ってあげたくなる系女子は基本かわいい

「おいっす、楠木」


 休み時間、クラスで一度も話したことのない男子が俺に話しかけてきた。  


 背丈は高く、髪もおしゃれに立ててあり口調もどことなくチャラい。俺の中ではリア充という印象。


「っと、そんなに驚くなって。悪いな、この前は」

「え? この前?」


 目の前の男子は申し訳なさそうに謝っている。しかし俺には心当たりなどなく首を傾げるだけだ。


「俺の代わりに補修受けてくれただろ? あのあとセンコーに呼ばれてよ、バチクソ怒られたんだわ」

「あ、それは・・・・・・悪い。努力はしたんだがすぐにバレてしまって」

「いやいや、そういうんじゃなくて・・・・・・。ぷっ、楠木。お前マジか」


 なんだ? なぜ俺は笑われているんだ。


「お前あの日さ、いろんなやつの頼み事聞いてただろ? 俺はてっきり何か企んでんじゃねぇのかって思ってたんだよ。でも、その様子を見てわかっちまった。楠木」


 ズイ、と彼の羨ましいほどに美形な顔が近づき肩に手が置かれる。


「お前、マジでそういうやつなんだな」


 言って、そのあとは腹を抱えて笑うだけ。そんな様子を俺は怪訝に見つめていることしかできなかった。


「くくく・・・・・・いや悪いな。そんなお人好しがこの世にいるなんてよ、未確認生物を見た時くらい驚いた。いや未確認生物なんて見たことねぇけど・・・・・・ん、違ぇな楠木、お前が未確認生物だよ。そんくらいのお人好しだよ」

「そんなんじゃない。俺は、その」


 神様からそういうお告げが出て、その通りに動いていれば彼女ができるからそれに従っていたまでだ。俺は善人じゃない。


「いいさ、事情なんて。俺が賞賛してんのは行動原理とか正義感とか、そういうんじゃねぇんだ。邪な考えでもたとえ誰かに命令されたからでも、それでも行動に移して誰かのために手助けをして回ったその行為自体がすげぇって言ってんだ」


 彼の言葉が、俺の体に染み込むように入っていく。行いを肯定されるのって、こんなにも清々しくて充実した気分になるものなのか。


「って、おい! なに泣いてんだよ!」

「う、うぅ」


 俺は思わず泣いてしまっていた。理由は分からない。そんな自分に、俺は泣きながらも笑ってしまう。


「なんだよ、変なやつだな」

「悪い、急にそんなことを言われるなんて思ってなくて心の準備ができてなかったんだ」

「いいけどよ」


 彼はニコリ、と不純物の一つもない完璧なイケメンスマイルを見せた。やばい、濡れそう。いや濡れてるんだ目が。早く拭かないとクラスのみんなの視線が痛い。


「それとよ、声をかけたのはそのことだけじゃねぇんだ」


制服の袖で目を擦っていると、彼は椅子を引いて俺の正面に座り込んだ。


 そして今度は先ほどのイケメンスマイルとは違う、悪戯小僧のような笑顔を浮かべて見せた。


「今日の楠木さ、ちょくちょく山吹のこと見てたよな」

「えっ」

「しかも、あの目は恋とかそういう甘酸っぱいもんじゃねぇ。あれはどっちかというと・・・・・・獣だ」

「け、獣って」

「いいやあれは獣だ。獲物をどう食ってやろうか考えてる目だった」


 男らしいゴツゴツとした指が俺を指す。


「楠木って意外に肉食系だったんだな」

「な、バカ!」


 彼が少し声を大きくした者だからクラスの何人かがこちらを見た。その中には山吹さんも含まれていて俺は隠れるように身を小さくした。


「そういうんじゃないんだ」


 なんて言い訳をしてみるが、きっぱり否定をできないでいる俺がいた。


 先日出た『好きな子に壁ドン!』というお告げ。それに従うべく俺は一日中どうしたら山吹さんに壁ドンをしようか考えていたのだ。


「この前迷惑かけた詫びだ。よければ俺が相談に乗ってやるぜ? 自分で言うのもアレだけどよ、色恋沙汰ってか 、そういう経験や知識は一応人より多いつもりだ」

「相談、か」

「もし言いづらかったらいいんだけどよ、それでも楠木、お前が――」

「実は、いつ壁ドンをしようか考えていて」


 俺の口から、そんな言葉が思ったよりもスッと外に漏れてしまった。


「あ、あっははははは! お前、ほんと面白いな! おし分かったちょっと来い!」


 そうして俺は腕を掴まれ屋上付近の階段の踊り場に連れてこられてしまった。


「いいか、壁ドンってのはな」

「え? って、うわぁっ!?」


 俺は壁に押し当てられ、直後に耳の横を屈強な腕が通っていく。


 流れるような動作は洗練されていて何度もこなしてきたということが窺えた。


「まだだ」


 彼はそう呟くと間髪入れずに太ももを股間の間に滑り込ませてきた。


「こうすっと、女はもっと喜ぶ」

「お、おう。なるほど」


 ・・・・・・。


 な、なんだこのドキドキする感じは! 助けて! 女にされちゃう!


「壁ドンのコツはな、躊躇わないことだ。迷いが生じると動きがぎこちなくなるし、そうなるとぶっちゃけマジでダセぇ。やんないほうがマシ」


 布の擦れる音。彼は俺から離れ、包んでいた体温がなくなったことに寂しさを覚えてしまう。・・・・・・いや、何考えてんだ俺は。


「やり方はまぁ分かったけど。壁ドンなんてどういうタイミングですればいいんだ?」

「んなもん、好きな時にやれ」

「え」

「壁ドンなんてもんは所詮男の独りよがりな行動だ。相手のことなんて考えてねぇし考えてやる必要もない。いいか、女に余裕を与えるな隙を与えるな。てめぇは俺のもんだ、てめぇは俺に服従するしかねぇんだ。そういう思いを込めてやらねぇと壁ドンに効力は無い」


 彼は「ま、簡単に言うとだな」と、一度頭をかいてから言った。


「襲え」



 俺は放課後、腕に本を抱えて図書館に向かう山吹さんに声をかけた。


「山吹さん」


 その声に一瞬肩をびくっと震わせてこちらを振り返る。その視界に俺が入った途端、山吹さんの表情が綻びこちらに駆けてきた。


「楠木くんっ」


 俺を見上げるその顔は、俺のことなんて1ミリも疑ってなんかいなくて、俺という人間を無害というジャンルにカテゴライズした安堵のものだった。


「突然だったのでちょっとびっくりしちゃいました。どうしたんですか?」

「あー、あのさ」


 本当に、やるのか?


 いや、やるしかないんだ。何故ならこれはお告げだから。お告げの通りに動いていればきっと上手くいく。


 きょとんと小首を可愛らしく傾げて俺を見上げる山吹さん。


「躊躇うな。迷うな。それならば、やらない方がマシ」

「えっと、楠木くん?」

「・・・・・・襲え」


「あの、もしかして具合でも・・・・・・きゃっ!?」


 邪魔をする全ての感情を振りきり、俺は山吹さんを壁に追いやって腕を壁につき顔を近づける。そしてすぐさま足を山吹さんの足の間に・・・・・・。


「く、楠木くん・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 ――小さい。


 山吹さんの体は、とても小さい。


 背丈が俺よりも二回りほど低いのは見ればわかっていたし華奢な体格なのも知っていた。だが、こうして彼女を触れそうな距離で感じるともっともっと儚く、脆いものに見えてくる。


 俺がここで有無も言わさず山吹さんを蹂躙しようとしたら、彼女は抵抗する間もなくされるがままとなるだろう。それほどまでに、弱い存在。


 先ほどは簡単に振りきることのできた感情が、今度は俺の脳を支配してくる。


 申し訳ない。


 自分が情けない。


 こんな女の子に、なんてことをしようとしてたんだ。


 それと同時に不思議なものも脳裏に彷徨い始める。  


 その小さな体が、弱い存在が。愛らしくて、放っておけなくて、守ってあげたい。


 そんなことを思ったのだ。


「あ、の・・・・・・楠木くん。私・・・・・・」


 ぷるぷると、肩が震えている。潤んだその瞳は俺を見て。


「・・・・・・ッ!」


 すぐに体を離して距離を開ける。


「っとっとっと! 悪い! つまずいてバランスを崩してしまった! 買ったばっかの靴だからいまいち馴染んでなくて!」


 苦しい言い訳だ。それでも山吹さんは。


「そうだったんですね。ふふっ、すごい勢いでしたもんね、転ばなくってよかったです」


 俺を信じてくれた。


「あ、あぁ! 壁が近くにあってよかったよ」

「ですね。壁さんに感謝です」

「は、ははは」


 一応、完璧な壁ドンになる前に体を離すことはできたので誤魔化すことはできたみたいだ。


「楠木くんって、とっても大きいんですね」

「え?」

「肩幅もこんなに広くって、指も、腕も太くって。それにすごく・・・・・・温かかったです」


 山吹さんは思い出すように目を細めて笑った。


「って、何言ってるんでしょう私。ごめんなさいっ、忘れてください」

「お、おう」


 そう言う山吹さんの顔はとても赤くて、きっと俺の顔も朱に染まっている。


「引き止めて悪かったな。ただ挨拶がしたかっただけで」

「いえ、その・・・・・・もし今度、楠木くんを見かけたら、次は私の方から声をかけてもいいですか?」

「もちろんだ」


 カバンを小さな手で握りしめ、それで顔を隠すようにして山吹さんは「えへへ」と笑った。


 互いに別れの挨拶を終え、図書館に消えてく山吹さんの姿を見ながら俺は、誰もいない壁に手を着いて叫んだ。


「くっそ可愛いんだが!」

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