壁ドンするらしい
「ほら、山口さんちの子供、名前なんて言ったかしらね。あぁそう健太郎くん。最近付き合ってる彼女と同棲始めたらしくって埼玉のほうに超したらしいわよ」
「えー! だってあそこのお父さんすごく厳しい人だろ!? よく許したなぁ」
「なんでも夜中に荷物まとめて逃げたってらしくて」
「はぁ~駆け落ちってやつか。今時珍しいもんだが、親からすれば心配でたまらないだろうなぁ。同棲って結構トラブル起こるし生計立てるのも難しいだろうに」
肉味噌の和えられたじゃがいもに箸を突き刺すと、行儀の悪さを咎めるような視線を父が送ってくる。
「まぁ、颯太は心配いらないだろうな」
「そうね、この子同棲はおろか彼女すらいたことないんだから」
「ははは」
自虐も含めた苦笑いを浮かべ、残ったたまごスープを一気にすする。
「ごちそうさま」
食器を水につけ一足先に部屋に戻る。
確かに、俺には彼女なんていないしいたこともない。だが、俺は人生の先輩である両親にこれだけは伝えたい。
――彼女がいないからといって同棲していないとは限らないんだぜ?
部屋に入ると、中は読み散らかした本で散乱していた。そしてベッドの上には当たり前のようにくつろぎ漫画を読んでいる金髪ギャルの神様。
よほど夢中で読んでいるようで俺の存在には気付いていないようだ。
一体なんの本を読んでいるんだ? 神様がハマるほどの漫画に興味を引かれ、俺はそ~っと背後から覗き込む。
「あっ!」
その際、俺はバランスを崩してしまいミコトに後ろから抱きつく形になってしまった。
「ふにゃあああああああああああああ!!」
猫みたいな奇声。と、猫みたいなパンチに俺は吹っ飛ばされてしまう。
「なっ、なんなのなんなの!? こないだからキミボディタッチ激しくない!?」
「す、すみません。でも、そんなに驚くことですか? すごい声出てましたけど」
「あのね! 忘れてるみたいだけどウチ神様なの! 人間が触れることのできないほどのちょ~神聖な存在なの!」
マンガを一度置き、俺を見るミコトの目は厳しいものとなっていた。
「ウチは体を触られたことなんて今まで一度もなかったの。わかる? UVケアしてない素肌なの。それなのにここ最近キミがベタベタ触ってくるから一層ビクゥッ! ってなるようになっちゃってんの!」
「なるほど、敏感肌ってやつですね」
俺が冗談めかしてそういうと、ミコトは目をまん丸にして俺を見た。
「キミ、ユーモアに富んできたね」
「そうですか?」
「だって前までのキミだったら絶対なんも面白くなさそーな顔で『そうなんですか、失礼しました』とか言いそうなもんじゃん!? ちょっとずつ変われてきてる証拠だよそれ!」
俺が、変われてる・・・・・・? そんな実感まるでなかった。
「ま、ウチにかかればこんなもんだよね。言ったっしょ? ウチのお告げど~りにしてれば絶対大丈夫だって!」
「なるほど・・・・・・よし、わかりました! これからも精進したいと思います!」
この神様についていけばきっと大丈夫。最初はうさんくさいとか思っていたが、ほんのちょっと信仰心が生まれた俺であった。
「それで、なんの漫画を読んでたんですか?」
俺は先ほど気になっていたことを思いきって聞いてることにした。
「これこれ、恋愛漫画の金字塔! 『バースディな私とビターな彼』」
「あぁ! 最近話題になってるやつですよね。今度映画化もされるっていう。神様が夢中になるほど面白いってことは口コミ通りってことですかね」
「べ、別に夢中になってるってわけじゃないんだけど? 所詮人間の作った創造物だし? ウチ神様だし? 哀れみでちょっと読んであげてるだけだし?」
「その割には今日でだいぶ読み進めたみたいですけど。というか、こんなにたくさんの漫画、いったいどうしたんですか?」
散らかってる漫画本、もちろん俺がもともと持っていたものも含まれているが中には見たこともないものが紛れている。
「暇だったからちょっちお昼に本屋さん行って買ってきたんだよね。もち、キミの分もあるよ」
そう言ってミコトが俺に渡してきたのは、これまた話題作の少年マンガだった。
「これ読みたかったやつです!」
ビニールのかけられた新品のマンガを抱きしめる。
今月お小遣いピンチだったから買おうか迷ってたんだよなぁ・・・・・・これは素直に嬉しい。
「いいってこといいってこと!」
もしかしてこれがいわゆる神の思し召しってやつか。ありがたく読ませて貰おう・・・・・・。
ボトッ。
「あれ?」
ミコトの着物の中から何かが落ちた音がした。
「あの、なにか落ちまし・・・・・・」
拾い上げたものは、財布だった。おもっくそ見覚えのある。
「これ俺の財布ですよね」
「・・・・・・」
「どういうことですか?」
「・・・・・・」
中身を確認すると、悪い予感は的中。スッカラカンだった。
「・・・・・・来月出るゲームのために去年からずっっっと貯めてたんですけど」
「あ、あはは。やだな、ちょっと顔が怖いよ?」
友達にご飯に誘われても断り、お菓子も我慢して一年ずっとずっと貯めてきたお金なのにまさか漫画代に全部消えてしまうなんて・・・・・・。
「ほ、ほら! 二巻もあるよ~? にかっ、なんつって」
「・・・・・・ッ!」
ドン!
「ほにゃあっ!?」
気付くと俺は、ミコトを部屋の端にまで追いやり壁に手をつく形になっていた。いわゆる壁ドン。鼻と鼻の先がぶつかりそうなほどの距離にミコトの顔がある。
「どうしてくれるんですか、俺の貯金全部漫画に使っちゃって」
「あ、あわ、あわわ」
「いくら神様だからってやっていいことと悪いことがあるんじゃないですか」
自分でも驚くほどの低い声だった。それくらい、俺は怒りに満ちているのかもしれない。
「ち、ちかいってちょっと・・・・・・息がかかって、んっ」
ぷっくりと膨らんだ可愛らしい耳に口を近づけ、囁くように言う。
「どう、責任とってくれるんですか」
「~~~~~っ!」
声にならない声とともに、バシッ! と例のシールが俺の顔に貼られた。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・た、食べられるかと思った・・・・・・」
「す、すみません。つい」
俺が御札を貼られた妖怪のように大人しくなると、顔を赤くしたミコトは俺から離れて布団を抱きかかえる。こちらを睨みつけるその視線は軽蔑とか怯えとかそんなものを含んでいる気がした。
やばいやばい。俺はなんてことをしてしまったのだ。
「でも、やっぱり俺のお金を勝手に使われたのは納得いきません!」
「顔にシール貼り付けたまま喋んないの。まぁちょっと話聞いてよ」
喋るたびに眼前でぺらぺらと揺れるシール。俺はふぅ、と息をつく。
「お告げ出たから、見てみて」
「はぁ。ええっと、なになに・・・・・・」
『好きな子に壁ドン!』
「なんか、今までのと比べて随分、そのなんていうか・・・・・・フランクですね。ていうか今思いつきませんでした? これ」
「な、ななななにを言いますか! ずっと考えてたよず~っと! キミと出会ったときからこのとっておきのお告げをいつ出そうか悩んでたんだから!」
「じゃあ、さっきまで読んでた漫画の影響。とかでもないんですね?」
「・・・・・・・・・・・・」
無言。
ぺしっ。
「いてっ」
「生意気いわないの」
何故かデコピンをされてしまった。
「これやってれば絶対彼女なんてちょちょいのちょいだから。山吹ちゃんなんてメロメロだって絶対!」
「メロメロ・・・・・・」
「大丈夫、これまで通りウチのお告げの通り動いてれば間違いはないから」
「・・・・・・」
「なにかなその目は」
「いえ・・・・・・」
まさか神様に壁ドンを強要される日がくるとは思わなかった。でも、確かにこうして山吹さんと仲良く(ほんの少しだけど)なれたのもミコトのお告げのおかげだ。
「わかりました」
よし、壁ドンだろうとなんだろうとやれることはやろう!
「こんな感じでいいですかね?」
「ほわああああっ!? だからウチで試さないでよーーーー!!」
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