神様はデリケート
「ねね、チョッパチュップス買ってきた?」
散らかった服を片付けているとどこからか声が聞こえ、見上げるとミコトがふわふわと宙を浮いてこちらを見ていた。
「ちゃんと買ってきましたよ。そこのビニール袋に入ってます」
「お、あざまる水産~♪」
ミコトは音もなく着地して、ベッドの上に転がるビニール袋をゴソゴソと漁った。
「なにこれスイカ味だって! 初めて見たんだけど~!」
「口に合うかと思って買ってきました」
「ふんふん、なーほどね。色合いと香りはヨシ。さて肝心な味は」
赤と緑の混じったイマイチ食欲のそそらない飴を口に入れ、吟味するように舐めている。
「うん! 美味いじゃん! プリン味には敵わないけど、ランク10位内には入るよこれ! キミいいセンスてんじゃ~ん!」
「・・・・・・」
「ん? どーかした?」
「いえ、なんでもないです」
思っていた反応とは違い、虚を突かれてしまう。もしわさび味なんてものが存在したとしてもミコトなら美味い美味いと絶賛しそうだ。
「ありゃ? なんか他にも入ってるけどなにこれ?」
「あ、それはヘアワックスです。ちょっと使ってみようかなと思って」
ミコトは前に、外見を変えるだけなら人間でもできると言った。今思えば確かにその通りだ。
俺は自分の内面を変えることはできないが、外見だけなら多少変えることができる。だからこれは俺なりの、最初の一歩なのだ。
「ってぇことは、もしかしてこないだ言ったこと上手くいった系?」
「はい」
先日ミコトから言われた『話をして相手を理解せよ』というお告げ。
その通りに俺は山吹さんに勇気を出して話しかけ、思ったよりも楽しく会話をすることができたのだ。
「で、感想のほどは?」
「そうですね。今までは気付かなかったんですけど、山吹さんってすごく綺麗な顔立ちをしていて、可愛いと思いました」
それは紛れもない本心だ。
「それで俺。今までにないくらいにドキドキしちゃって、もしかしてこれが好きってことなんでしょうか。ようやく俺は、変わることができたんでしょうか」
「おばか」
おでこにデコピンを食らった。ミコトの爪はネイルアート的な感じでゴツゴツしているので地味に痛い。
「可愛いか可愛くないかなんて話をしなくても分かるでしょ」
それを言われると、確かにそうかもしれない。
「いい? ウチは『話をして相手を理解せよ』って言ったんだよ? キミは山吹ちゃんの何を理解したの? 好きな食べ物は聞いた? 誕生日は? 家はどこ? こしあんとつぶあんどっちが好き? 体はどこから洗う?」
「最後の方はちょっと違くないですか?」
「んーや! 違わない! 理解するってのはそういうことだから。相手のどんな些細なことでもいいから知るってコトをウチはして欲しかったの」
そんな根掘り葉掘り聞くような真似、いきなりできなくないか?
「それなのにウチの話なんかで盛り上がっちゃって」
「えっ! 聞いてたんですか!?」
「もちろん。うさんくさい神様で悪かったですね」
グリ、と肘で脇腹を小突かれた。
「あれじゃ、キミが一方的に話してただけで相手のことを理解することなんてできっこないって。それで得た成果が『山吹さんが実は可愛くて自分好みの女の子だった』って・・・・・・キミ、薄々気付いてはいたけどえっぐいわ」
「うっ」
ミコトは本気で呆れかえっているようで、その様子を見ていると地味にショックだ。
「多分キミあれだね、自分のことしか考えてないんだよ」
「どういうことですか?」
「キミが欲しいのって、マジカノ? それとも、ただ肉体関係持ちたいだけなん?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! マジカノですよ、マジの彼女ですよ!」
「でしょ? そしたらさ、もちろんキミが相手を好きになるのも大事だけど相手に好きになってもらうってのが大前提になるんじゃん?」
相手に、好きになってもらう・・・・・・。そんなことが、俺にできるとは到底思えない。だって今まで生きてきて告白なんてされたことないしそんな素振りも見せられたこともない。
そもそも女子と世間話もしたことのなかった俺なのだ。まずは俺の方から好きになって、そこから相手にも気に入ってもらうというのがベターな方法なのではなかろうか。
「ちょっとこのワックス、いい?」
「え? あ、はい。どうぞ」
ミコトはおもむろに俺が買ってきたヘアワックスを手に取り、あろうことかそれをゴミ箱に放り投げた。
「な、なにしてるんですか!? せっかく買ってきたのに!」
「ヘアワックスなんてませたもの、ウチは教えた覚えはありませんっ!」
ひどい。600円もしたのに。
「よく聞いてね。キミがワックスで髪をおしゃれに固めても、キミの価値は何も変わらないの」
「価値、ですか?」
「そう。人ってのは自分にとって価値のある、もっと言うと都合のいい人間に近寄っていくの。例えばキミとウチだけど、キミはウチのお告げを聞くために、ウチはキミからチョッパチュップスを貰うため。あとは、そうだね、見ててなんか面白いから? にひひ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて肩を揺らすミコト。
「まぁそういう相関図ができあがってるからこそ、ウチとキミはこうして一緒にいるわけじゃん? つまりね、お互いがお互いのためになれるような、価値のある人間になれってコト。だからまずは、自分が他人にどう思われてるかって考えは捨てて、自分がなにをしてあげられるか、それを意識してみるといいよ」
「価値のある人間って、なんか難しい響きですね・・・・・・」
「まーね。でも、すっごい簡単だよ? だって要は、相手を喜ばせればいいんだから」
ふと、ミコトの瞳がいつかのように赤く光り始めた。どうやらあの千里眼というやつで俺の運命を視ているようだ。
「ほい」
するとミコトは胸元から一枚のシールを取り出して俺の頬に貼り付けた。
これではなんと書いてあるのか見えないので鏡に顔を写すと、そこには。
『一日一回誰かを喜ばせるべし』
そう書かれている。
喜ばせること・・・・・・それについて俺は、少し引っかかる部分があった。
「でも、それが本当に彼女を作ることに繋がるんでしょうか。確かに人の役に立つっていうのは素晴らしいことだと思いますけど、恋愛っていうのとはあんまり関係ない気がして・・・・・・」
「でもキミ、今まで一人も彼女いないじゃん」
「へ」
「今まで普通に生きてきて、一人も彼女いないじゃん。じゃあさ、もうつべこべ言わずにチャレンジっしょ? 今まで通りに生きてたら絶対に彼女なんてできないんだから、理屈がどうとか言ってる場合じゃなくって、即行動! キミはもうそういう次元にいるの、おわかり?」
「は、はぁ・・・・・・」
そう言うとミコトは、俺の前に座りこみ口の中のチョッパチュップスを取り出して俺に向けた。
「はいじゃあ試しにウチのこと喜ばせてみて?」
俺の言葉を待つようにミコトは目を瞑った。
まぁ、喜ばせることくらい俺でもできる。それに、ミコトにだったらあの手を使えば――。
「明日もまたチョッパチュップス、買ってきますよ」
「そ、ありがと」
・・・・・・あれ? 感謝の言葉こそ貰ったが、ミコトの表情は喜んでいるというものではなかった。
「そんなんじゃ全然ダメ。いい? 自分の都合は一切頭から消して、相手のことだけ考えるの」
相手のことだけ、か・・・・・・。
俺はミコトの言うとおり自分のことは考えないようにして、目の前で行儀良く座る金髪ギャル神様のことだけを考えるようにした。
ミコトは見れば見るほど、ギャルだ。化粧もバッチリしているし付けているアクセサリー類も日によって違う。今日のピアスは・・・・・・蜜柑? だろうか。
「そのピアス、可愛いですね」
「そ、ありがと」
手応えは微妙。
「前から思ってましたけど、着物綺麗ですよね」
「そ、ありがと」
「肌、みずみずしいですね」
「そ、ありがと」
うーん、これもダメみたいだ。というか、これではただ褒めているだけだ。
あれ、人を喜ばせることって案外難しいぞ?
「そうだ、いつもありがとうございます。お礼に肩をお揉みします」
俺はミコトの後ろに回り込むと、その小さな肩に手を乗せた。
「ひゃうっ!?」
その瞬間、ミコトが小さな悲鳴をあげて体を震わせた。
「ちょっとボディタッチはNG・・・・・・あうっ!?」
「あー結構凝ってますね。肩甲骨のあたりとか」
「あっ、あっ。待って待って! タンマ!」
「任せてください、こう見えても肩揉み上手だって母さんによく言われるんです」
「そ、そういうことじゃなくって・・・・・・ひゃあっ!」
白い肌に触れると、心地よい冷たさが手を伝ってくる。こうして見ると、やはり普通の女の子のようで、神様などとはとても思えないほどだった。
「ひぅっ・・・・・・んん・・・・・・ぁ」
最初はくすぐったかったのか声をあげていたミコトだったが、やがて静かになり息遣いだけが聞こえていた。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「ん、ふぅ・・・・・・っ」
返事がない。どうしたのだろう?
「あの?」
気になって尋ねると、ミコトはゆっくりと振り返る。
赤く染まった顔。涙を浮かべる目で見上げて、訴えかけるように睨みつけられてしまった。やばい、なにか怒らせるようなことをしてしまったか?
俺が手を離すと、ミコトは前に倒れこむようにして乱れた息を整えていた。
そしてすくっと立ち上がると、もう一度、潤んだ瞳で俺を睨みつけて部屋から出て行ってしまった。
・・・・・・喜ばせるって、難しいな
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