教室で本を読む子は基本かわいい

 朝、早めに登校すると教室はシンとしていて、中には山吹さんしかいなかった。


 俺が教室に入っても彼女は無反応で相変わらず真剣に読書をしている。


 鞄を机の横にかけ、少しの間を開けたあと俺は意を決して口を開いた。


「あの、山吹さん」


 すると、宝石のように黒い髪がふわっと跳ねて山吹さんは本から目を離した。一体何が起きたか分からないという様子で辺りをキョロキョロしはじめて、やがて隣の俺と目が合った。


「おはよう」


 対して俺もぎこちなく、朝の挨拶をしてみた。


 カーテンのように顔を覆う前髪の隙間から、飴色の瞳が俺を見据える。


「え、えっと・・・・・・」

「あぁ、俺、楠木颯太くすのき そうた。いきなり声かけて、その。ごめん」


 まさか名前すら覚えてもらえてないのではないかと心配になり、つい初対面のように自己紹介をしてしまう。


「え? あ、あのっ。名前は・・・・・・知って、ます・・・・・・」


 おびえたように、そして申し訳なさそうに顔を伏せる山吹さんを見て、なんだかすごく悪いことをしている気分になってしまう。


「そっか、そうだよな。いや、ちょっと話をしようと思って。邪魔じゃなければ、いいか?」

「・・・・・・」


 山吹さんは頷くことも首を振ることもせず、ただ困ったように本を握りしめていた。


 ていうか、話をするって一体何を話せばいいんだ? ここまできて俺のトーク力の無さが浮き彫りになってしまった。


 男友達とは普通に話せるつもりではいるのだが、こうして女子と対面しているとどうも落ち着きがなくなってしまう。ふわふわした感覚もあるし、まるで別の世界にいるようだ。クソ、ミコトから話をする内容も聞いておけばよかった。


「えぇ~っと」


 俺はふと、山吹さんの持つ本に目がいき、話題を作るためひとまず読んでいる本のタイトルでも聞こうと思った。


「山吹さん、あのさ――」


言おうとした瞬間、山吹さんの体がビクッと震えた。


 そういえば前に、同じようなことを他の男子にも聞かれていたのを見た覚えがある。


 その時も山吹さんは怯えるように体を縮こまらせていたっけ・・・・・・。


「実は最近、俺の家に神様がいるんだ」


 だから俺は、聞こうとしたことやめ、ふと頭に浮かんだ金髪のギャル神様の話をすることにした。


「あそこの、ほら。森の近くに神社があるだろ? そこに祀られてる神様みたいなんだけどそれがもううさんくさくて。着てる服はまぁいかにも神様って感じなんだけど、驚くなよ? なんでか知らないけど金髪なんだ。しかもウェーブまでかけて、ピアスまでつけてんの。で、俺がチョッパチュップスをあげたらもう大ハマリ! 神様のくせに30円の飴に食いつくってどういうことだよって」


 山吹さんは変わらず無言。だが先ほどのようなおどおどした様子ではなく、ポカンと口を開けて俺のことを見つめていた。


「で、まぁ今日も帰りにコンビニでチョッパチュップスを買っていかなきゃいけないんだけど、何味がいいかな。わさび味とかあれば食べさせてやりたいんだがな、ははは」


 と、ここまで喋って俺は気づく。


 あかん、オチがない。


 ノープランで話し始めたものだから特に笑いどころがあるわけではない。


 やばい、どうしよう。


「ふふっ」


 聞こえたのは、そよ風か、小鳥のさえずりか。もしくは、山吹さんの笑い声か。


「おもしろいです」


 しっかり耳を澄ましていないと聞こえないような小さな音は、紛れもなく、山吹さんの口から発せられていた。


「スイカ味があまり評判がよくないと聞いたことがあるので、見つけたら買っていってあげたらどうでしょう」

「そうなのか。そうだな、きっとおかしな反応を見せてくれるかもしれない。ありがとう、探してみるよ」

「ぜひっ」


 山吹さんはいつのまにか本を机の上に置いていて、口元に手を当て、笑っていた。


 ドクン。


「――ッ」


 それを見て俺の心臓は躍るように跳ねていた。


 冴えない印象だった山吹さん。いつもは下を向いて本を読んでいる彼女だったから気づかなかったが、その素顔はとても綺麗で、笑った顔はとても素敵だった。 


 やがて他の生徒もポツポツと登校してきて、気付くと山吹さんは再び読書を再開していた。


 他に人がいる中で喋るのはあまり好きじゃないんだろうなというのはなんとなく察することができたので、俺もそれ以上は話しかけなかったのだが。本当はもっと話したかった。


 そんな初めての感情に困惑しながらホームルームが始まるのを待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る