怖い話 昼下りの帰り道

その日はとても良いお天気だったそうだよ。

授業は午前だけで、部活もない日だった彼女はいつもよりも早い時間に帰路きろについていた。

だいたい13時過ぎくらいかな。

太陽が照らすいつもより明るい道を彼女はひとり軽い足取りで歩いていた。

その光景は平穏へいおんそのものだった。

彼女自身もいつもとは違う明るい道に少しワクワクとした気持ちでいた。

だから、あんなことになるなんて思いもしなかっただろう。


「あれ?ここ、どこだっけ?」

見覚みおぼえのない道に立っていることに気づいた彼女はキョロキョロと辺りを見回してみる。

そして少し戸惑とまどいながら後ろを振り返り今自分が歩いてきた道を見る。

そこには見慣れたいつもの道が広がっている。

彼女が歩き慣れているいつもと何ら変わらない通学路。

いつもの帰り道。

けれど、もう一度進行方向に目を向けるとそこは何かがいつもと違う。

見慣れない道。

いつもと違う時間に歩いているからいつもと違う風景に見えるのかな?

だから知らない道に感じているだけ?

と彼女は小首をかしげる。

確かにそういうこともあるだろう。

風景というものは時刻や季節、天候や明るさ、建物の有無でガラリと見え方を変えるものだから。

例えば朝や昼間、歩き慣れた人通りの多い道なんかは夕方をすぎて、ひとけがなくなると同じ道でもうす気味きみわるく感じてみたりする。

行き慣れたデパートなどの店内でもお店が一つ雰囲気ふんいきが変わっていると、いつもの景色と見えている景色が違っていて自分が今どこを歩いているのか一瞬分からなくなったり、錯覚さっかくを起こしたりする。

けれどこのときばかりは違う。

その時の彼女の身に起こっていたのはそんな錯覚なんてものではなかった。


今自身に何が起きているのか。

戸惑いながらも彼女はきびすかえし歩いてきた道を戻ろうとした。

通い慣れている道とはいえ今自分が迷子になっていると感じた彼女は学校まで戻って仕切しきり直そうとした。

そして数歩、歩き出したところでまた足を止める。

そしてまたゆっくり振り返る。

前に続く見慣れない道をみつめる。

そして、一歩踏み出してその道に近づく。


その日はとても良いお天気だったそうだよ。

目の前にはとても晴れた空にとてもえる色とりどりの花々があたたかい風に揺れている。

その道はどこか穏やかで何もかも考えられなくなるほど心がきつけられた。

まるで小さい頃に見たお気に入りの物語の世界に飛び込んだみたいに。

まるで小さな頃から夢に見ていた物語の主人公にでもなれたみたいに。

彼女は今、自身の身に降り掛かっている不可思議ささえも追い風にして、一歩、また一歩と歩み出る。

年頃の悩み事も、変わらない毎日の退屈さも捨て去るように。

子供でいられる安心感も子供扱いされたくない歯痒はがゆい気持ちも。

大人扱いされる気恥きはずかしさも大人になっていく不安な気持ちも。

全部全部、後ろの道に置き去りにして彼女は向かっていく。

寒くも暑くもない生ぬるい風に髪をでられながら。


―――っちゃん!!


突然、自分の名を叫ばれて彼女ははじかれたように振り向いた。

そこには誰もいなかった。

ただそこには見慣れた帰り道だった場所が広がっているだけ。

彼女は見慣れた道を目の前にただ一人立ち尽くしていた。

たしかに名前を呼ばれた気がしたけれど。

とても悲痛ひつうそうな声だった気がするけれど。

どこか聞き覚えのある声だった気がしたけれど。

誰だっけ?と彼女は考える。

友達……にしてはもっと大人な気がする。

先生じゃないし、もちろん親でもない。

あたりは全くつかないけれどその声はたしかに聞き覚えのある声だと彼女は思った。

誰だっけ……?

そう考え始めたらなんだか先程まで感じていた見慣れない道への高揚感こうようかんせてしまった。

彼女はため息を一ついて、重い足取りで見慣れた道を進んでいく。

通い慣れた学校に向かって。

その日はとても良いお天気だったけれど。

その道はとても晴れた空にとても映える色とりどりの花々があたたかい風に揺れていたけれど。

その道はどこか穏やかで何もかも考えられなくなるほど心が惹きつけられたけれど。

あの時たしかに名前を呼ばれてしまったから。

それがとても悲痛そうな声だったから。

その声が聞き覚えのある誰かのものだったから。

重い足取りのまま、30分ほど前に出たばかりの学校の校門前までたどり着いた。


「ん?何だ?忘れ物か?」

担任ではないけれど見知った先生が校門の前から声をかけてきた。

道に迷ったとは恥ずかしくて言えず口ごもっていると先生は少しいぶかしげに小首を傾げた。

けれど、それ以上はあまり言及することなく早く帰りなさいと彼女に言っただけだった。

「もう暗いから気をつけて帰りなさい」

暗い?

いやいや、まだ真っ昼間だよ?と彼女が空を見上げた。

そこにはもうすぐ夜になりかけた深い紺色の空が広がっていた。

え……?

彼女が周りを見渡してみても、その空の色も景色も変わることなく夕方と夜の間の道だった。

「どうした?」

先生に声をかけられて彼女はかわいた声で今は何時なんじかと先生に問う。

「もうすぐ18時半になるけど……本当にどうした?なにかあった?大丈夫?」

彼女がおびえた表情をしていることに気づいて気遣きづかわしげに優しい声音で声をかける。

その優しい声音にも自分に降り掛かった異様な状況で混乱している彼女はうつむくことしかできなかった。


その日はとても良いお天気だったそうだよ。

授業は午前だけで、部活もない日だった彼女はいつもよりも早い時間に帰路についていた。

だいたい13時過ぎくらいかな。

太陽が照らすいつもより明るい道を彼女はひとり軽い足取りで歩いていた。

その光景は平穏そのものだった。

彼女自身もいつもとは違う明るい道に少しワクワクとした気持ちでいた。

あの時から5時間くらいっているなんてありえない。

ほんの30分くらいの出来事だったはずだ。

あの道を歩いたのなんて10分も歩いてない。

ほんの5分くらいのものだった。

それに学校に来るまでは昼間の道だった……はず。

けれど、たしかに今見えている景色は夜の足音が響く時刻の景色だ。

これは夢?

いつから夢?

考えれば考えるほど混乱していく彼女は今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。

先生は優しく声をかけ続けた。

親御おやごさんに連絡はつく?できるなら迎えに来てもらったらどう?」

彼女は震える体をおさえながら小さく頷いた。


その後の彼女は、少し怖かったけれど通常通り学校に通って普通に卒業したらしい。

あれ以降はあの不思議な道も不可思議な体験もしてないらしいよ。

けれどそれは、早く帰る日は必ず親に迎えに来てもらうようにしたからかもって言ってた。

あの道をあのまま歩いていってしまったらどうなっていたのか。

どこにたどり着いてしまったのか。

考えると今でも怖くて体の震えが止まらなくなるって彼女は言っていたよ。


どうだった?

この話、怖かった?

君も気をつけてね。

見慣れない道に不可思議な高揚感。

きれいな景色でも、好奇心こうきしんは猫をも殺す。

いつでも、誰でも、必ず引き止めてもらえるとは限らないからね?

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