第9話 幸運、のちに不幸

 湖から出て、ヨゾラは森の中で一人彷徨っていた。


「どこだよ、ここ……」


 ここが何処の森なのか知らないし、地図も無いため、どの方向へ行けばいいのかも分からない。

 人が集まる場所に辿り着けることができればいいが、上空から落ちた時に森を見た感じだと、少なくとも近くには無いように思えた。


 唯一、幸運だったのは、旅のために用意していたリュックが一緒に転移されてきたことだ。

 リュックの中には、最低限の食料がある。節約すれば、三日分ぐらいはあるだろう。その間に森を抜けなければならない。

 一応、金銭も少しはある。人の集まる場所に辿り着くことさえできれば、なんとか生活していけるだろう。足りなくなったら、何か仕事をして稼げばいい。

 とにかく、一番最悪なケースは、この森を彷徨い続けて力尽きることだ。


 夜の森で無闇やたらに動き回るのは、素人のヨゾラにもまずいことだとは分かっていた。とりあえず骨を休める場所を探し出して、そこで夜は過ごそうと足を動かす。その途中で、可能性は限りなく低いだろうが、誰かと会うことができれば万々歳だ。


「というか、この剣どうしよう……」


 ヨゾラは謎の剣を捨てる気になれず、まだ持っていた。体力のある今はまだいいが、いずれ体力が無くなったら何処かに捨てようかと考える。


 生い茂る草木を掻き分け、ヨゾラは進んでいると、ふと視界の隅で草木が揺れた。びくりとしたヨゾラは、恐る恐る草木に近づいて向こう側を見た。草木が生い茂っていて確かには見えないが、商人の格好をした男が気に寄りかかって寝ているように見えた。


「あのっ、すみません! え……?」


 まさか人に会えるとは思っていなかったヨゾラは、喜びのあまり草木から飛び出て話しかけた。しかし、そこで目にしたのは。


「グゥ?」


 狼の形容をしたゲノヴァの群れが、その男を貪っている光景だった。草木のせいで見えなかったが、男は血だらけで何処からどう見ても死んでいた。

 そして、その男の周りにいた六匹のゲノヴァが一斉にヨゾラの方へと向く。


「うそ、だろ……」


 ヨゾラは、自分がゲノヴァどもの新たな獲物になってしまったことを確信した。狼ゲノヴァの一匹が立ち上がった瞬間、脱皮の如く走り出す。

 後ろを見れば、立ち上がった一匹がまるで新たな獲物を見つけて歓喜したように遠吠えをして、六匹全てがこちらへと走ってきていた。


「邪魔だ、これ!!」


 走るのに邪魔だと、ヨゾラは持っていた謎の剣を狼ゲノヴァに向けて投げる。謎の剣は虚しくも狼ゲノヴァには当たらず、地面に突き刺さった。


 夜の森で、ヨゾラの命を賭けた鬼ごっこが始まった。

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