第4話 終わる日常、厄災の雨
怪物に睨まれ、ヨゾラは心臓を掴まれる思いがした。そして、一瞬、静けさがその場を支配したかと思えば
「ガァァァ!!」
壁を突き破り、怪物の鋭い爪がヨゾラに襲いかかってきた。
「うおおっ!?」
ヨゾラは急いで足元のリュックを拾い上げ、扉へ体当たりするかのように部屋から出た。
間一髪、巨大な爪はヨゾラに届かなかったが、ヨゾラの部屋は床ごと切り裂かれ、一階へと残骸が落ちる。
安堵している暇はない。蜥蜴のような巨大生物が続けて腕を振り上げた。その瞳はしっかりとヨゾラに向けられている。
「くそったれ!」
ヨゾラはその一撃を避けようと廊下を駆けた。
「なっ!?」
しかし、獰猛な爪がヨゾラが元々いた場所を切り裂き、その衝撃で廊下が崩れて一階へと落とされてしまう。
「っ、いてぇ……くそっ、足が瓦礫で……」
一階に背中から着地したヨゾラは痛みに耐えながら、足を挟む瓦礫を退ける。だが、そのせいで、再び腕を振り上げた怪物の一撃に反応が遅れてしまった。
「ガァァァ!!」
咆哮と共に振り下ろされる巨腕。ヨゾラの目には、それがゆっくりと進んでくるように見えた。だけど、自分の体は動かない。
「よくも俺たちの家をぉぉぉ!!」
自らの死を覚悟したヨゾラに聞こえたのは、頭上の二階から怪物へと飛び込むソルの叫びだった。
ソルの手には、旅用のナイフ。それはそのまま勢いよく、怪物の目へと突き刺さった。
「グガラァァァァ!?!?!?」
悲痛を感じさせる叫びを上げた怪物が、背中から倒れ込んだ。
「ヨゾラ!」
怪物の横に降り立ったソルが、焦りに満ちた表情で近づいてきた。そして、瓦礫を取り除いて、ヨゾラの身体を起こす。
「歩けるか?」
「俺は大丈夫だ……そんなことより、どうしてゲノヴァが街中に!?」
「俺にも分からない! とにかく、ここから移動するぞ! あのゲノヴァが再生する前に!」
この世界を支配する怪物の総称であり、人類の天敵である『ゲノヴァ』。
今まさに、ヨゾラを襲ったのはそれだった。蜥蜴がまるで巨大化したような風貌を持つ種類だった。
ゲノヴァの種類は様々だ。狼に似たものが存在すれば、馬、獅子、蟻に似たものも存在する。人類はこのゲノヴァの脅威から逃れるために、街に壁を建設し、日々の生活を守っている。
街の外を出れば、そこはゲノヴァが蔓延る領域であり、街から街へと移動する商人が命を落とすことなど日常茶飯事だ。しかし、それは、街の外に出た場合のこと。たとえゲノヴァが街を攻めてきたとしても、優秀な騎士たちがゲノヴァを打ち返す。街の中にいれば、安全は確保されているはずだった。
どうして街の真ん中にゲノヴァがいるのか。ヨゾラの疑問はすぐに解決されることになる。
ソルに連れられ、ヨゾラは孤児院の玄関から外に出た。
「っ!」
ぞわり、と不気味な感覚がしたヨゾラは、その原因の方向へ、上空へと顔を向けた。
「なっ!?」
数時間前の幻想的な暁を映し出していた空は今や、どす赤黒く染まっていた。
その空の中に、ブラックホールのような形状をした黒点がいくつも存在している。その黒点からゲノヴァが出てきて、街へと落ちていた。
そう、数多の怪物どもがこの街に天から降り注いでいたのだ。
「まさか……これって五年前と同じ……」
五年前に見た、アウローラタウンがゲノヴァによって一度滅ぼされた時と同じ光景だった。
天から降り注ぐ厄災の怪物ども。
今では『厄災の雨』と呼ばれている出来事が、再び起きていた。
『誰か……て……』
「っ!?」
閃光のように一瞬、ヨゾラの頭に痛みが駆けた。
「ヨゾラ、こっちに来てくれ!」
同時に何かを訴える声も聞こえたような気がしたが、ヨゾラはソルの声で現実に引き戻される。何かモヤモヤした気持ちになったが、今はこの状況をどうにかすることに集中しなければならないと気を引き締める。
「孤児院の大人たちは全員、ゲノヴァにやられたらしい! 生き残っているのはここにいる奴らだけだ!」
ソルの元に行けば、そこにいたのは孤児院に住む子供達だけ。大人はー人もいなかった。
どうやら状況は予想より遥かに悪いらしい。
この場での年長はヨゾラとソル。ここにいる者たちがこれからどうするかを決めるのは、この二人に実質的に託されたと言ってもいい。
ヨゾラとソルは互いに目を合わせる。二人とも汗でびっしょりだ。ソルの目が揺れ、ヨゾラに不安が伝わってきた。それはソルも同じだろう。
だが、悠長にしている暇はない。上空から新たなゲノヴァがすぐ近くに落ちてきた。地面が揺れ、子供達の不安な叫び声が聞こえてくる。
「お前たち、ここから移動するぞ! 近くに騎士が護衛している避難所が作られているはずだ! ヨゾラ、場所を覚えているか!」
「確か、町役場の近くにあるはずっ! そこに行こう!」
「お前が先頭で皆を誘導してくれ! 俺は最後尾でゲノヴァの警戒をしておく!」
五年前の災害を経験して、アウローラタウンではゲノヴァ襲来時における避難所がいくつか決められていた。
記憶を辿り、ヨゾラはここから一番近い場所へと足を向ける。役に立つかはわからないが、旅のために用意していたリュックを背負って。
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