第2話 カスミちゃん

『カスミちゃん』


家から少し行ったところにある信号の足元には、いつも花束があった。

チューリップとか小さなひまわりとか、いろんな花の時があったけど、白い小さな花はいつもあった。

『カスミソウ』っていうんだっけ。

お姉ちゃんのピアノの発表会にあげる花束を買いに行った時にお母さんが教えてくれた。

その信号の先を右に曲がった所の交差点が集団登校の待ち合わせ場所だった。


みんなと別れて家へ向かうと、花の飾ってある信号の近くに女の子がしゃがみ込んでいた。

「大丈夫?お腹痛いの?」

僕が声をかけると、女の子は驚いたような顔をして「大丈夫」と言って立ち上がった。

お姉ちゃんと同じくらいの背だ。5年生くらいかな?

顔色が良くない。

「大人の人呼んでこようか?」

僕が尋ねると、

「花を見てただけだから大丈夫」と言った。

「花が好きなの?」

「うん。カスミソウが好きなの。白くて小さくてかわいくて、どんな花にも合うでしょう」

そう言って女の子は静かに笑った。

「そうだね」

女の子が大丈夫そうだったので、僕は家に帰った。


それから、登下校の時に信号の所でときどきその女の子を見かけるようになった。

「おはよう」とか「バイバイ」とか挨拶をする。

透き通った白い肌。

長いまつ毛。

「ねえ、僕は慎平っていうんだけど、名前なんていうの?」

僕が尋ねると女の子は「カスミ」と答えた。

「カスミちゃんかぁ。自分の名前と同じだからカスミソウが好きなの?」

カスミちゃんは「それもあるかな」と言った。

わかる。

僕もアニメの主人公が「シンペイ」って呼ばれてて好きになったもん。

カスミソウの好きなカスミちゃん。

お姉ちゃんとは違って静かで優しいかんじ。

お姉ちゃんに教えたいけど、お姉ちゃんと一緒の時には見かけないんだよな。


校庭で遊びすぎて帰るのが遅くなっちゃった時、カスミちゃんは信号の近くにぼーっと立っていた。

僕が声をかけても俯いたままでこっちを向いてくれない。

「ねずみ色の車を知らない?前のガラスの所に緑のクマの人形と、木でできた葉っぱのキーホルダーがかけてあるの」

カスミちゃんはいつもより低い声で言った。

お腹痛いのかな?

「知らないなぁ。お父さんの車はメタリックイエローだから」

「そう……」とカスミちゃんは言った。

「駐車場ですぐ見つかるし、お迎えに来てくれた時もすぐわかるから、お父さんの車大好きなんだ」

そう言った僕の話をカスミちゃんは聞いていないみたいで、

「探してるの、ねずみ色の車。見つけたら教えて」と言った。

「うん。わかった」と僕は答えた。


家に帰ると、お姉ちゃんがドライフラワーにするために吊るしていた花束からカスミソウが一本折れて落ちていた。

カスミちゃん、これをあげたら元気出るかも。

僕はお姉ちゃんに、僕のおやつと落ちたカスミソウを交換してもらった。

次の日の朝、僕は少し早く出かけて、カスミちゃんにカスミソウをあげた。

「ありがとう」

カスミちゃんはうれしそうに微笑んだ。

カスミソウみたいな笑顔。

カスミちゃんが笑ってくれて僕はうれしかった。


「おはようカスミちゃん」

僕はいつものようにカスミちゃんに挨拶してから信号を渡る。

「あぶない!!」

カスミちゃんが大きな声を出したので、僕は反射的に立ち止まった。

僕の目の前をねずみ色の車が猛スピードで走っていく。

車の出した風で全身の毛が逆立ったかんじがした。

びっくりした。

カスミちゃんが声をかけてくれなかったら危なかったよ。

「ありがとう、カスミちゃん」

僕が振り返るとカスミちゃんは「見つけた」と言った。

「えっ?なにを?」と言った僕の問いに答えずにカスミちゃんは

「信号、青でもちゃんと右左見てから渡ってね」と言った。

「うん。そうするね」

僕は右左右と確認して信号を渡った。


その日は遠足で、いつもより30分早く学校に出かけた。

「カスミちゃんおはよう!」

僕が挨拶するとカスミちゃんは「いってらっしゃい、気をつけてね」と言った。

遠足が終わって帰ると、お母さんがみんなと別れる所で待っていた。

「お母さんどうしたの?」

僕が尋ねると、お母さんは「大変だったのよ」と言いながら僕の頭を撫でた。

そして、手を繋いでくる。

僕はもう2年生だから1人で歩けるのに。

「そこの交差点で事故があったのよ。車が猛スピードで電信柱に突っ込んでいったんだって」

そこは、カスミちゃんがよくいる信号の近くだった。

ガードレールが歪んで電信柱が傾いている。

「ちょうどいつもの登校の時間だったから、お母さん心臓が止まるかと思ったわ。ここって5年前も小学生の女の子がひき逃げされてるのよ。危ないわ。しばらくお姉ちゃんが一緒に行けない日はお母さんが送って行くからね」

お母さんはその言葉通りにしばらく待ち合わせ場所までついてきてちょっと恥ずかしかった。

遠足の日以来、カスミちゃんには会っていない。






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