僕のすこしこわい話

ふるふる

第1話 石蹴り

 『石蹴り』


同じクラスのヒロシくんは、サッカーが得意で、サッカークラブに入っていました。

話すとおもしろくて、頭もよくて、クラスの人気者でした。

ヒロシくんはいつも、石蹴りをしながら学校へ行っていました。

蹴りやすいお気に入りの石があるんだと言っていました。

校門の近くでコツーンコツーンと石を蹴る音がすると、ヒロシくんが石蹴りをしながらやってきました。

コツーンコツーンという音はヒロシくんが来たという合図になっていました。

「ヒロシくんおはよう」と言うと、

「おはよう!」と元気にあいさつしてくれました。


それからヒロシくんは、雨の日も、風の強い日も、夏の暑い日も、雪が降っている日も石蹴りをしながら登下校していました。

お気に入りの石を失くさないように、車道に出さないように、一生懸命蹴っていました。

学校に着くと石をポケットやランドセルにしまって、帰りにまたその石を蹴っていました。

ヒロシくんは、ぼくがあいさつしても気が付かないくらい、石蹴りに夢中になっていました。


ある日の体育の授業の後、ヒロシくんが大きな声をあげました。

「ない!石がない!」

ヒロシくんは体操服のポケットと、ズボンのポケットを裏返していました。

そして、体操着袋と給食袋とランドセルを逆さまにして、中身を全部机に出して、砂山を崩すように石を探しました。

「俺の石!どこに行った、俺の石!」

見つからなかったヒロシくんは、自分の机を倒しました。

床に散らかった中身を探しましたが、石は見つかりませんでした。

「誰か盗ったのか!?」

ヒロシくんがクラスメイトの顔を見回しながら叫びます。

ヒロシくんの怒鳴る声をはじめて聞きました。

ヒロシくんは吠えながらみんなの机を次々に倒していきます。

「ヒロシくんやめて。やめてよ!」

女子たちの悲鳴が響きます。

コウヘイくんが「やめろよ」と押さえつけようとしましたが、払い飛ばされてしまいました。

クラスで一番力持ちのコウヘイくんが倒されてしまって、みんな手が出せませんでした。


机を全部倒しても見つからなかったヒロシくんは、今度はロッカーの中身を左上から順番に、ものすごいスピードでぶちまけていきました。

ヒロシくんは白目が真っ赤になっていて、口のはじっこにツバの泡がたまっていました。

ぼくは心臓が止まってしまったのかと思うくらい寒くなって動けませんでした。


長田さんが先生を呼んできました。

「ヒロシくん、どうしたの?やめなさい!」

先生が言ったけど、ヒロシくんは暴れるのをやめませんでした。

泣いている子が何人もいました。

「これを止めなくちゃ」とぼくは思いました。

大きく息を吸おうとしたけど、うまく吸えなくてスッスッスと小刻みに息を吸いました。

「ぼく、昇降口のドアの前によく似てる石が落ちてたのを見たよ」

声を出そうとしたとたん、身体がガタガタ震えてカサカサの声が出ました。

「本当か?」

ヒロシくんがぼくの肩をガシッと掴んで顔を近づけました。

指が食い込んで肩が痛い。

ヒロシくんの目はカッと見開かれていつもの倍くらいの大きさになっていました。

ぼくは本当は逃げ出したかったけど、足を踏ん張って、ヒロシくんの目を見て首を縦に振りました。

ぼくがうなずいたのを見ると、ヒロシくんは教室を飛び出していきました。

それきり、ヒロシくんが教室に戻ってくることはありませんでした。


ぼくは、机の上に畳んであったヒロシくんのズボンのポケットから、ショウくんが石を盗るのを見ました。

ショウくんは日に焼けていて、クラスで一番背の高い、足の速い男の子です。

ヒロシくんと同じサッカークラブに入っています。

ショウくんは笑いながらヒロシくんの石を蹴っていました。

強く蹴られた石は昇降口のドアの前に落ちました。

ぼくは石を盗っているショウくんに、やめなよと言えませんでした。

ぼくは石を探しているヒロシくんに、ショウくんのことを言えませんでした。


石を探しに教室を飛び出してから、ヒロシくんは学校に来なくなりました。

転校したんだと先生は言っていました。


ショウくんは石蹴りをしながら登下校するようになりました。

家から学校までの道。

コツーンコツーンと石を蹴る音がします。

曲がり角の向こうからショウくんが来ました。

「おはよう」とぼくはあいさつしたけど、ショウくんは答えませんでした。

コツーンコツーン。

ショウくんの蹴っている石は、ヒロシくんが石蹴りに使っていた石によく似ていました。

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