第8話――最終話 幸せな2人

「すず、ばね……さん?」

「……ごめんなさい……」

「何で、謝るんですか?」


 鈴羽さんは女神のような顔をクシャクシャにして、指で目を拭うような仕草をする。それでも言葉だけは途絶えさせず、ゆっくりゆっくり、己の言葉でポツポツと言葉を紡いでいった。


「わたし、の……せいで……ごめんなさい、ごめんなさい」

「なんでですか……鈴羽さんは」


 そう言った後、意識せずとも続いて言葉が出た。意識していたら、もっと弱々しかったと思う。よく考えずに言って良かった。


「鈴羽さんは悪くないです」

「でも……」

「ほんと、何も悪くないのに謝るクセ、直した方が良いですよ」

「とうじま、さ」


 すがるようにそう言う鈴羽さんの顔が愛おしくて、この子を守らなければという庇護欲がブワァァと溢れた。だから自然と彼女に身体を寄せて、言葉というのは誤解を産むから、何も言わずに抱きしめた。


「〜〜っ……とうじまさん」


 鈴羽さんの表情は見えない。

 だけれども、自分からボクの背中に手を回したので嫌がってはいないのだなと、だいぶ嬉しくなった。だから更に強く抱きしめて……もう離れないよう、心に判子を押した。今だけはボクのものだから。


「落ち着きましたか?」

「はい……、その……」

「大丈夫、何も言わなくて良いです。もう疲れたでしょう。今日早退した方が良いです」

「一緒が良い……一緒に帰りたい……」

「はは、じゃあボクも早退しちゃおうかな」


 何も言わずに見つめ合うと、鈴羽さんが瞳を閉じた。それが何を意味するのか、ボクだって馬鹿じゃないので分かる。

 相手は初めてするのだろうか。だったら良い思い出にしてあげなければ……ああ、カツカレーじゃなくてもっとさっぱりしたのにすれば良かった。


「んんっ……ちゅ、っ」


 少し甘くて、ちょっぴり塩っぱい。涙が唇にまで流れていたのだろうか。でも、嫌な塩気を上書きしてあげれば、きっと良い思い出になってくれる。……ボクはいつの間にこんなにもキザになってしまったのか。


※※※ 


 あれから、私達は色々あった。

 辛い事、苦しい事、そして楽しい事、本当に色々……。だけど今、私達は――



「翔人さん……今お腹動きましたよ」

「ほんと? ちょっと聞かせて……」


 最高に幸せなのだから。

 この幸せな気持ちさえあれば、きっとこれからも生きていける。私には最高の夫と、これから産まれてくるだろう最高の子供がいるのだから。この子はどんな顔だろうか。翔人さんに似ているかな、それとも私に?


(ふふ……)


 心の中で笑うと、それが翔人さんも伝わったようで、2人で微笑むのだった。

 

 





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まだ2人が純白だった頃の出逢いを描いた作品 @anami_puipui

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