第7話――食堂に行く
次の日。
「東島さん」
「どうも、鈴羽さん」
晴れ晴れとした天気の今日この日も、ボクらはお昼を共にする。窓は少し空いており、そこからほんのり暖かい春色の風が入ってきて、何だか少しいい香りがする。
「今日もお弁当箱ですか」
「いや、えっと……東島さんはまたカレーパンですか」
「そうです」
鈴羽さんは「ふーん」という顔をして、唇を尖らせ何か言いたげな顔をした。
不思議に思い、問いかけてみる。
「どうかしたんですか?」
「……どぅ」
「どう?」
「……いき、たい……」
イきたい?
いや、流石にそんな事好きでもない男の前で言う訳が無い。何かの間違いだ、そう間違い……。
「いきたいって、何ですか?」
「私……その」
「んんっ」と数回咳をすると、鈴羽さんはハッキリと自分の口でこう言った。
「私、食堂に行きたい……です」
「食堂、ですか」
「行きたい、です」
「そう……ですか。じゃあ」
「!」
ボクが「じゃあ」と言うと、目を輝かせネコのようにふんすと鼻を鳴らしていささかの興奮を行動で表す鈴羽さん。
これは、そういう事……だよな。そうなんだよな……?
ボクは勇気を出して、鈴羽さんにこう言った。すると彼女はニッコリ笑って、了承するのだった。
「一緒に行きましょう」
※※※
「初めて、来ました」
まるで高級レストランに来た貧乏人のように目を輝かせ食堂の風景を眺める鈴羽さん。まるで子供のような無邪気な顔だった。
「取り敢えず、ここの食券機でメニューを選ぶみたいですね」
「ですね」
一番のオススメメニューはカツカレーのようだ。立て掛けてある看板には美味しそうなカツカレーのイラストが描かれている。それに見惚れていると、
「ぷぅ」
鈴羽さんが頬を膨らましてそっぽを向いたではないか。どうしたのだろうか。お腹でも痛いのかな。
「どうしたんですか?」
「カツカレーばっか、見ないで」
「カツカレーに嫉妬しただと」
あまりの衝撃に呆気に取られていると、鈴羽さんは更に頬を膨らまして憤慨した素振りをする。
「すみません、でもカツカレーが美味しそうで……」
「じゃあ頼めば良いじゃないですか」
「はぁ」
「はぁって何〜」
可愛い。
おっと、つい見惚れてしまった。もう少しで好きになる所だったよ。危ない危ない。
取り敢えずボクはカツカレーを購入した。鈴羽さんは月見うどんだった。そっちも美味しそうだな……。
厨房前に行き、食券と料理を交換してもらう。出てきたカツカレーは意外と大きく、明らかに食べ盛りの高校生用に作られていた。ボク食べられるかな……。
「あそこが空いてますね。行きましょう」
「はい」
運良く誰も座っていない2人用の席が空いていたのでそこに座る。鈴羽さんは持ってきた月見うどんをまじまじと見て、ニヨニヨと笑っていた。
それを見ながら、ボクはカツカレーのカツを一口……美味しい。サクッとしていて、中までちゃんと火も通っている。何より肉厚だ。でも量が多いな。ちゃんと食べ切れるだろうか。
「そういえば、今日はお弁当持ってこなかったんですね」
「はい」
「ボクが断ったら1人で行く予定だったのですか?」
「いえ、……というか」
うどんをちゅるると上品に吸い込んだ後、鈴羽さんはポツリとこう呟いた。
「東島さんなら、断らないかなって……」
「っ……は、はぁ」
そんな顔で言われたら、本当に好きになってしまう。そんな恋する女の子の顔をされたら、いやでも意識してしまう。
……でも、ボクは知っている。もうとっくにボクは彼女に恋してるという事を、これが友情ではない、1歩先の感情だと……。
でもそれを表に出すのが怖いんだ。ボクに恋愛なんて出来るのかと、人を幸せに出来るかと、そう思ってしまうから。
「あれ、鈴羽さんじゃ〜ん」
――その時耳に響くような男達の声が聞こえたのだった。
1人はゆるふわパーマで身長175センチくらいのイケメン、もう1人はソフトモヒカンの少しブサ目男。当然こんな知り合いはいない。となると鈴羽さんの知り合いか?
そう考えると、胸が裂けるのでは無いかと思うほどの不快感が身体を這いずり回った。この気持ちは一体……。
「こんな男と一緒にお昼とか、似合わねー。もっと似合う男いるっしょ(笑)」
「てか俺らと一緒にいた方が絶対いいだろ、顔の無駄遣い〜」
「っ……」
鈴羽さんは震えていた。
ボクだって震えている。多分彼らはイジメっ子。腕力や迫力では勝てない相手だ。だから震えが止まらなかった。
「ね、君。ちょっと鈴羽さん貰ってくね〜」
「えっ……その」
「うわ、ビビってるよこの人。マジ陰キャオタクって感じ。もう諦めな、一生体験出来ないような経験したんだからさ〜、もう恋愛なんて諦めて、2次元見てマスでもカイてな」
ソフトモヒカン男にそう言われて、ハッとした。もうボクには恋愛が出来ないかもしれない。そうなると、これが人生で最後のチャンスなんだ。今何もせずコイツらに鈴羽さんを取られて、寝取られるのを想像して悶々とするのは……絶対に嫌だ。立ち向かえ、立ち向かわなくてはならない……。
「………行こうっ!」
「とう、じ……っ」
「おい待てや!」
鈴羽さんの手を取り、ボクは無我夢中で逃げた。まだ食べかけの料理を残して申し訳無いなぁとか、そういえば初めて鈴羽さんを触ったなぁとか、色々考えていたら、いつの間にか例の場所に着いていた。
「やっぱり……ここが落ち着きますね」
「……」
相変らず4階の英語教室は狭く、机は数えるほどしか無い。だけれども、もうここはボクらにとってかけがえない場所となっていた。
「鈴羽さん?」
「っ……ぅ」
なのに、そんな安心出来る場所で
静寂の教室に彼女の嗚咽のみが聞こえる……。
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