第3話――2人だけの遠い教室
人生というのは、こんなにもつまらないものかと思ったのは小学校4年の
「翔人〜家にばかりいないで外で遊んできなさい」
母さんにそう言われたものだから、ボクはわざわざ読んでいる本を読むのを止めて、ページにお気に入りの付箋を挟んで外に出たんだ。本当は外になんて行きたくなかったんだ。だって夏は暑いし蝉は五月蝿いし何も良い事が無いからね。
公園に行って、ボケた老人みたいにベンチに座っていると、同じくらいの年代の子がブランコに乗って遊んでいた。男の子と女の子だった。多分二人は好き同士なんだろうなぁと、幼い脳ミソでそう考えていた。
(くだらないなぁ)
恋愛だなんて……ボクには縁のないものだ。だって異性どころか同性にも好かれないのだから。好かれる努力はこの頃少しはしていたと思うが、中学に入る頃にはすっかりその気が無くなり止めてしまったと思う。
やはりボクには恋愛は無理だ。
このまま老後まで過ごして1人孤独に余生を過ごすのだろうと、そう思っていた。
「ワイワイ」
「ワイワイワイ」
五月蝿い。
休み時間というのは何故ゆえにこうも騒がしいのか。いや、正確には高校生というのはどうしてこうも騒がしいのか。
有事の際はキチンと大人しくなるよう、政府のお偉いさんは彼らを教育するよう教師を育成して欲しいものだ。
ガタン
「痛った……お前んな所で寝てんなや!」
「あ、す……ぅぅ」
「全く……でさ〜――」
机にぶつかってきたのはそちらだろう。
ボクはただ指定された席を一ミリだって動かさずに寝ていただけ。それだけなのに……。
モヤモヤした気分で休み時間を過ごし、授業が始まり、あっという間にチャイムが鳴りお昼休みになった。
お昼ご飯……買うの忘れた。
購買に行くのは面倒臭いが、まあしょうがない。『艱難汝を玉にす』と言うしな。……ん? 少し使い方が違うか。
松葉杖を使って器用に立ち上がると、教室を出て廊下に向かう。購買は一階の食堂前にある。案の定そこに向かうと人が溢れていて、少し男臭い。
消費カロリーを惜しんではいけない。だからボクはそのピーチク騒ぐ
さて、問題はどこで食べるかだ。
恐らくボクの席は既に誰かに使われているだろう。となると行く先は食堂になる。
だがそれは普通の人の考えだ。ボッチのボクが1人で食堂に行ってボッチ飯なんかしていたら、恥ずかしくて死んでしまう。
ふと、ある事を思い出した。
ボクは生徒には嫌われているが、授業態度は真面目だし何より大人しい。だから教師からの評価はまあまあ高いのだ。
――高田先生。英語教師で年齢は恐らく30前半ぐらいの女性だ。その先生にボクは少し前こう言われた。
『昼休みなら英語教室使って良いぞ〜』
この言葉に嘘がないなら、そこで食事をしようと何をしようと問題は無いはずだ。
早速ボクは英語教室に向かう。
4階にあるその教室前の廊下は人通りが全くなく、本当にここは学校かと思ってしまうような雰囲気だった。まあ4階には生徒の目を引くような部屋は無いし、ホコリっぽく陰気臭いので誰も近付く事は無いだろう。
そして扉を開く。
そこには人がいた。
「っ……って、東島さんでしたか」
「
相変わらず美麗な顔立ちだ。まるで有名彫刻家の掘った最高傑作品のようだ。
英語教室は比較的小さく、教卓の前には10個ほどの机と椅子が置いてあるだけで後は何もない。鈴羽さんは扉から見て正面にある窓辺の一番前の席に腰を下ろしてお弁当を食べていた。
「東島さんも……?」
「ええ、はい」
彼女はこう言いたい。「東島さんもこの場所を知っているのか」と。だからボクは肯定した。
席に着く。
教室の端っこ。つまり鈴羽さんから見て一番遠い右後ろだ。
すると彼女がこう言う。
「遠っ」
「良いじゃないですか、別に」
「恥ずかしいんですか?」
無視。
持ってきたカレーパンを食べる。……美味い。やはりカレーは良い。カレー最高。
「恥ずかしいんですか?」
「2回目」
「恥ずかしいんですね」
「……どうでしょうね」
しばし無言の時が続く。
気まずい時間だ。向こうもそう思っているのだろうか。
「…………」
「…………」
何か話した方が良いのだろうか。
話題、話題……クソッタレ、何も思い浮かばない。何か無いか、何か……。
絞り出したワードはこれだった。
「天気」
「はい」
「外」
「あ、晴れてますね」
「いい天気ですね」
「はい。そうですね」
また無言の時間が始まった。
女子との会話方法なんて学校で習わなかったものだから、マジに分からんのだ。
――すると鈴羽さんがポツリと言う。
「こんな日はお出かけしたいです」
「そうですね」
さらにボクは言葉を継ぐ。
「ボクもそう思います」
「どこに行きたいですか?」
応答する前に、カレーパンを一口。
少し間があって、ボクは答える。
「海……とか?」
「私もです」
「海が好きなんですか?」
「好きですよ」
「それは何故?」
鈴羽さん黙る。
おっと突っ込みすぎたか。
だがそれはお弁当に口をつけているだけだったようで、やがて語り出す。
「昔、お父さんに連れて行ってもらったんです。堤防釣りでした。私は何も釣れなかったんですけどね。……でも」
「でも?」
「はい、空は青くて、磯の香りとカモメの声が……すごく印象的で、今でも思い出すんです」
「そう」
ボクはどちらかと言うと浜辺を想像していたんだがな。まあどちらでも良いが。
それからは2人、何も言わず黙々とお昼ご飯を食べたのだった。でも不思議と嫌じゃなくて、むしろ……いや、何でもない。
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