第41話 苦難
オレンジの酸味が、口いっぱいに広がる。
夢見る少女が夢を叶える。『シンデレラ』と名付けられたノンアルコールカクテルだ。
誰もが知る。
一途に幸せを願うそんな女の子のサクセスストーリー。
でもあの舞踏会にいた誰もが、一途に幸せを願っていたはず。
あの舞踏会に行けただけでも、彼女は最高に幸運な少女だったのではないか。
その幸運を掴むため、灰かぶりと呼ばれるほどの苦難を乗り越えた彼女。
私は、克哉くんにそう言われるほど苦難を乗り越えたのだろうか。
夢を叶えられるほどの苦難を乗り越えられているのだろうか。
そんな事をカクテルを口にしながら考えてしまう。
「ぜんぜん私っぽくなんてないよ。シンデレラみたいに苦労もしてないし、でも苦労した分だけ幸せがやってくるって分かってれば、頑張れるよね」
「なるほどね。春ちゃんぽいよ。そっかシンデレラはただただラッキーなサクセスストーリーじゃないってことね」
「うん」
「そっか。あっ食べ物頼もうか。ここのカルパッチョマジでお勧めだから、それは頼むね。あとはパスタかリゾットか……」
「私はこの海老とボルチーニ茸のクリーム・フェットチーネにしようかな」
「じゃあ俺はこの牡蠣のリゾットってやつにしようかな」
決して気取らず、ただ自然に時間が進む。
これが彼のコミュニケーションの高さだと思った。
会話は弾み時間は過ぎる。
食事が届くとまた盛り上がり、料理に舌鼓をうつ。
楽しい食事はあっという間に進み、デザートとコーヒーがセットされる。
「シンデレラ……」
「ん?どうしたの?克哉くん」
ティラミスにフォークをたてた克哉が、シンデレラと呟きフォークを止めた。
「いや。ただただラッキーで幸せになったんじゃないって事なら。やっぱり、春ちゃんはシンデレラっぽいって思ってさ」
「それは…絶対に……」
「入学式の日。俺には分からないけど春ちゃんの中で何かがあったんだよね。それがユッキーを見た何か予感的なものなのか。大学生になったからなのか、別の何かなのか、俺にはわからないけど…。俺はあの日に春ちゃんは変わった。いや。変わろうとしたんだって思ってる」
「えっ。克哉…くん」
「苦難や苦労が幸せのために必要な事なら、誰よりも悩んで、誰よりも自分自身を変えようと努力したのは春ちゃん自身だと思う。颯真のために変わろうしたんだよね」
違う…。とは言ってはいけない。
全てを理解している。そんな目に見つめられる。
「うん」
私は正直に答えた。
「聞いたよ。ゴールデンウィークの親のいない間、ずっと親の代わりにあいつの夕飯作ってたんだって?」
「…うん」
「颯真のやつが楽しみにしてるの見て、マジで羨ましかった。知ってる?俺一回ガチで颯真にキレた事あってさ、ゴールデンウィーク俺、家族と旅行行ってて一日しかバイト入れ無くて、たぶん初日だったんだよな。あれ。春ちゃんが颯真に飯作るって聞いてさ。あいつホント浮かれてて、んでキレた」
「うん。それ知ってるよ。颯ちゃんが克哉くんにキレられたってビックリしてた」
「だな。俺もなんであんなにキレたのかビックリしたしな。でも羨ましかったのはホント。たぶんそれが一番の理由」
「私のご飯なんて大した事ないよ……。」
「知ってたんだよね。それか、あとから気付いたの?颯真とユッキーがゴールデンウィーク中に仲良くなったの」
「えっ…それは……」
この人は本当に鋭い。
「俺はなんとなくゴールデンウィーク明けたら二人の距離が縮まったなって思って、付き合い始めてから颯真に聞いたから知ったけど、春ちゃん明らかに遠慮し始めたよね。あの頃からちょっとずつ」
あの日、ランチから帰った二人の姿を見てしまった私は、変えられない運命の強制力に諦めかけた。
「二人の姿を見ちゃって」
「やっぱりかー。まあここまででも十分苦難を与えられてると思うよ。俺は夏休みの手伝い、キャンプ。あっ。颯真に聞いたけど毎年の花火大会は頑張ったと思う。写真マジ可愛いかった。浴衣。さいこー」
満面の笑みを浮かべ、克哉くんはいつも人をストレートに褒める。
私はそんな克哉くんの褒め方がいつも気恥ずかしい。
「もー。颯ちゃんったら……」
今まで、時に悩ましげに、時ににこやかに話していた克哉くんの顔が厳しくなる。
「んで、学祭。俺は後から聞いて、何も出来なかった自分に腹が立った。」
「何でその場にいなかった。いれなかったんだろうって。何で神様はこの子に平穏な学生生活ですら与えてくれないのだろうって。そこで改めて俺は、自分の気持ちを理解した」
克哉くんは、真っ直ぐに私の目を見つめた。
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