第42話 克哉の覚悟③
私の目から視線を離さず、克哉くんは続けた。
「俺はやっぱり春佳ちゃんの事が好きなんだと。高校1年の時、俺は初めて人を本気で好きになった。いつも颯真の影に隠れている女の子のたまに見せる笑顔も、裏方の仕事を嫌な顔一つせず人の為に動ける優しさも、気付けば俺は自然と春佳ちゃんの姿を追うようになっていたんだ」
「そんな事……」
「颯真がいたからな。俺は二人の関係を見てマジでダメだと思ったし、諦めた。何度もその気持ちを押し殺して別に目を逸らした。だからユッキーがまじ凄いって思ったよ」
「雪那ちゃん?」
「そっユッキー。」
どうして雪那ちゃんが?
「たぶんユッキーは颯真の事、入学式からずっと好きなんだと思う」
「そんな事…だって偶然……」
「そっ。ユッキーはどこかで颯真に惹かれてあの入学式を終えるはずだった。写メお願いしたのは完全に偶然。それに授業初日に声を掛けたのも俺。まあそんな感じで、偶然が重なったけど、とにかく俺はユッキーみたいに積極的に行く事もせず諦めた。二人の特別な関係を身近で見ながらもうこの二人の間に入るのは無理だって。でもそんな二人の関係を知っても尚、ユッキーは一途に颯真を求めた。決して目を逸らす事なくね」
「……」
「俺はね。何度でも言うけど、冗談じゃなく春ちゃんが好きだ。颯真のために変わって綺麗になった春ちゃんも、その前の変わらないそのままの春ちゃんも。だからもし今の春ちゃんがどこか無理をしてるなら、前の春ちゃんに戻ったって俺の心は変わらない。」
「克哉くん……」
無理はしてないよ。前の私はただただ颯ちゃんの影に隠れて、楽をしてただけ。
普通の女の子が通る普通の道を避けて。
そしてそんな何もない自分、何もしなかった自分に後悔した。
だから私は……。
「だから俺は黙って応援するだけでいいなんて思ってる自分を辞めた」
そう言いながら克哉くんはジャケットの内側から細長いケースを取り出し私の前で開いた。
「春佳さん。貴方が好きです。こんな俺だけど、貴方を絶対に幸せにします。俺と付き合って下さい」
中途半端な気持ちではない。その真剣な表情から克哉くんの覚悟が伝わる。
「克哉くん。私は……
克哉くんならもっと高級レストランで最高のシュチュエーションで女性にアプローチする事も出来たんだろう。
私を気負わせない為のここが一番ギリギリのラインだったんだろう。
本当にこの人は驚くほど人の心を理解している。
この気遣いがなければ、私はその場の雰囲気に圧倒され楽しむ事が出来なかった。
そして、冷静にこの言葉を続ける事が出来なかっただろう。
…貴方に何度も頼り、何度も助けられ、何度も支えて貰って、たぶん今の私がいるのは貴方のお陰なんだと思います。」
雪那ちゃんの一途な想いを知り、颯ちゃんの雪那ちゃんへの想いを聞きながら、それでも颯ちゃんの近くから離れない私は、雪那ちゃんからみれば何て往生際の悪い女だと思う。だけどそうまでしても離れない。諦めないって決めた。
ああ駄目だ。冷静なつもりなのに涙が溢れそう。
だから……。
だから私は……
涙を堪えて笑顔を作ってみせる。
大丈夫だと。
「克哉くん。ごめんなさい。私はまだ颯ちゃんの背中を追いたいと思います」
そしてそのまま頭を下げた。
その瞬間。克哉くんの姿勢が崩れた。
「そっか。はーっちくしょう!やっぱりもっと高級なレストランいや。フラッシュモブで…。それよりもヘリコプターが……」
「克哉くん?克哉くん!」
「あっ。いや。ごめんごめん。正直さ。いくら告白の方法を考えても、何回シュミレーションしても成功することなかったんだよね。シュミレーションなら俺、春ちゃんに500回は告白してるね!500回振られてるけど…あっ今ので501回目だ……」
「もう!そうやってふざけて!私真剣にっ」
「知ってるよ。春ちゃんが真剣に考えて、凄いストレスを感じながら、勇気を出して断ったって知ってるよ。だから一番ちゃんと考えて答えを出して貰える256番目の告白を選んだ。ちなみに1番目はタキシード着て家に薔薇の花束もって凸ね」
「もう。でも何で?」
その問いかけに克哉くんは飲みかけのコーヒーを飲み干し、受け皿へと戻した。
「何で…か。皆んな真剣に考え始めだからかな。颯真もユッキーも春ちゃんも。もちろん俺も。春ちゃんが颯真の近くにいる事を決めたように、ユッキーには悪いけど、俺は春ちゃんの事を全力応援する事に決めた。でもその前にどうしても自分にケジメを付けたかった。だから本気で考えて本気で告白した。これが俺の覚悟だったから。だからさっきの瞬間は本当に応援するだけの自分を辞めた俺ね」
「なんかズルい。そんな何でも分かってるなんて」
「何でもじゃないよ。分かってる事だけしか分からないよ。おお今のかっこよくね」
「もう。でもありがとう」
「おう。頑張りなよ。自分のために」
そう言って笑顔で、克哉くんは勇気付けてくれた。
そしてあの日から、2週間がたった。
学校の掲示板を眺めながら、その横のカレンダーに目を移し、指を折る。
「うっ……」
あと3ヶ月ちょっと。時折くる頭痛に顔を顰める。
私の命の灯火はそれ以降も残っているの?
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