第40話 私を見ていてくれた人
雪那ちゃんの誕生日から2週間がたった。
横浜にしては珍しく降り続けた雪が積もり、靴を汚す。
「はぁー」
かじかんだ手に息を吐きかけ、手を擦り合わせる。
手袋をしてても冷たく凍えた手をポケットから出したカイロで温めながら、私は学校の掲示板を眺めていた。
学校行事の月間カレンダーの隣りにある一枚の掲示物。小説コンテストへの募集を案内している掲示物が全く主張せず貼られている。
「これを見てなんで私の小説に辿り着くんだろう」
B5用紙になんの装飾もなくただ、小説コンテストへの応募開始。詳しくはこちらまで。
と小さな二次元コードとURLが記載され、顧問の佐々木先生の名前があるだけの、100人いれば98人が月間カレンダーだけを見るこの掲示板。
その二人は私と克哉くんなわけだけど……
そんな掲示板から、克哉くんは"私"を見つけだした。
いや。いつでも克哉くんは私を見ていてくれた。
今の私も、そして前の私も…
彼はいつでも優しく私を見守り、私が折れないように支えてくれた。
そしてあの日も……
「もしもし」
あの日。颯ちゃんを見送った日は、雪那ちゃんの誕生日だった。
そして颯ちゃんを見送ったその後に、克哉くんからの電話をとった。
いつもと雰囲気の違う真面目な声に驚き、その後の話しを私も真剣に聞いた。
食事に誘われた私は、初めての事じゃなかったからか、自然と場所を聞いた。
「じゃあ。駅前のB&Tはどうかな」
B&T。駅前にあるお洒落なイタリアンレストランで、値段もリーズナブルで学生の私達でも、気兼ねなく楽しむことが出来る場所だった。
「うん。大丈夫」
「じゃあ18:30に予約しておくね」
「うん」
そうして、約束の時間に私はレストランへと向かった。レストランに似合うそれなりの服装とお化粧をして。
カラン
「いらっしゃいませ」
響くベルの音に出迎えられ、店へと入るとブラックベストを着こなした店員さんがスッと頭を下げる。
素人の真似するメイド執事喫茶が申し訳なく感じる。
「お約束ですか?」
「はい。真崎さんで予約をしていると思うんですが」
「はい。真崎様ですね。承っております。もういらしていますので、ご案内させて頂きます」
待ち合わせまで20分ちょっと。
早く来すぎたかもなんて心配は、いらなかった。
完全な個室ではないが、一つ一つに仕切りのついた独立した席の一番奥に案内された先には、既に克哉が座っていた。
「あっ。春ちゃん。よかったぁ。早目に来といて。マジ俺グッジョブだね。うん。春ちゃん。めちゃくちゃ可愛い」
いつもと違いジャケットを着て、ピシッとした格好の克哉くんが、立ち上がって親指を立てる。
うん。服装と髪型以外はいつも通りの克哉くんだ。
「ありがとう。克哉くん。克哉くんもいつもと違ってびっくりしたよ」
そんな会話をしながら、私達は椅子に座る。
椅子に座り改めて克哉くんを見る。
本当にこの人は、なんで私とご飯なんて食べるんだろう。そう思ってしまうほど、彼は私の小説ではなく、他の物語ならば間違えなく主人公だった。
私の物語では、かっこいいけど、おちゃらけた3枚目キャラなのは、彼には内緒にしている。
「じゃあ。ちょっと遅くなったけど。八陸先生。小説の優秀賞おめでとうございます」
「えっ?ちょっと克哉くん⁈」
乾杯用のノンアルコールカクテルを高々と上げ、克哉くんは自分のグラスをチンっと私のグラスに軽く当てた。
「まだお祝いしてなかったでしょ。颯真がいると流石に小説の事言えないしさ。あの小説。颯真に言ってないでしょ」
「いいのに〜。もう八陸って…。恥ずかしいから…。うん。まだ…というか、言えないかな。やっぱり。見る人が見れば分かっちゃうし……」
「颯真が大好きってことに?」
「うん…って違うよ!私って事に!実際克哉くん分かったんでしょ?ん…あっ美味しい。このカクテル」
「くふ。ごめんごめん。そのカクテル美味しいでしょ。春ちゃん柑橘系のジュース好きだから気にいるって思ったんだよね。ちなみにそのカクテルの名前。『シンデレラ』って名前ね」
「シンデレラ……」
「そっ夢見る少女が夢を叶えるそんな意味のカクテルらしいよ。春ちゃんぽいよね」
えっ。
この言葉とカクテルに口を付ける克哉くんの仕草に一瞬ドキリとする。
彼は知ってるのだろうか。
私が今の人生に願い夢見ている事に。
急に変わった私を受け入れ、前と変わらない関係を築いてくれている彼は何に気付き、何を思っているんだうか。
そんな想いが溢れ出しそうになり、スッと消え私は冷静になった。
あるわけないよね。
私の2度目の人生。
様々な事が起こり、私の踏み出した一歩は既に一歩では辿り着かないほど、多くの分岐を経て私の知らない人生を創り上げている。
私でも知らない人生。
克哉くんが知るはずがないと。
それでももしかしたらと思ってしまう。
この2度目の人生の誰よりも私を見ていてくれた人。
それは、間違いなく克哉くん。あなただから。
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