第39話 颯真と雪那 本当の気持ち

 レストランを出た雪那と俺は、先程まで上から見ていたみなとみらいの赤煉瓦倉庫に行こうと、電車で移動し歩いていた。


「あっここだー。こっちはこっちでやっぱり綺麗!さっきまで上から見てたんだね。あっちの方向に手を振れば、今、私達のいた席で食べてる人に見えるかな」


 そう言って雪那は楽しそうにレストランの方向に向かって大きく手を振る。


「どうだろ。キラキラして人はあまり見えなかったしな」


「うん。本当に綺麗だった。今までで一番綺麗な夜景だった」


「だな」


「颯真くん。覚えてる?私達の初めてのちゃんとしたデートもここだったよね」


「あぁ。勿論覚えてるよ。あの時はマリンタワーからの景色のあとこっち来たんだよな。今の方が時間も遅いし、冬だから夜景が全然ちがうな」


「そうそう。中華街も買い物も本当に楽しかったよね!実家に帰るのが本当に楽しみで!」


 一瞬の沈黙のあと雪那がまた口を開いた。


「今日は本当にありがとう。凄い素敵な誕生日だった」


「どういたし「だけどね。」」


「ん?」


 どういたしまして。

 その一言を遮り、雪那は言葉を続けた。


「もう。別れよう?」


 予想もしなかった言葉を。


「はっ?えっ?なんで!なんでだよ。えっ冗談だよな?楽しかったって。えっはっ?」


 悪い冗談。

 そうあって欲しかった。

 そう言って欲しかった。

 頭が混乱して訳がわからない。


 しばらくの沈黙あと、雪那は伏せていた顔を上げた。


「私も颯真くんと一緒にいたいよ。今日だって楽しかった。本当だよ。今までで一番楽しかったし、嬉しかった」


「だったら!」


「でも!でも無理してるよね!颯真くん。気づいてるでしょ?何かを必死に誤魔化そうとしてるのに。私を好きだと…好きだと思おうと、それを確かめて……」


「いやっ。違っでも!」


「ううん。いつも颯真くんだったら、こんなに凝った演出みたいなことしないでしょ?もっと自然に、無理しないでしょ?普通に家の近くのレストランで、おめでとうって。私だってそれでいいんだよ?私の希望聞いてくれた?こんな特別なことのために、普段会えないくらいに働くんなら、普通でいいからもっと会いたかったよ!もっとメールしたかったし、疲れてない颯真くんと電話したかった」


「だからそれは!」


「ううん。ごめん。そうじゃない」


「そうじゃないって?なんなんだよ!」


「颯真くんが無理して普段以上の特別な事をして確かめたかった事はなに?全てを終えて颯真くんの結論は?」


「だから俺は……」


「だから別れよ?颯真くんも誰が本当に大事かって、もう……分かっちゃってるんだよね」


「何が……」


「言わせて、颯真くん。」


「私わかってた。こうなるんじゃないかって。入学式のあの日、私の前にいた颯真くんに、私は惹かれた。本当に一目惚れだった。不思議なくらい。こんなにも一瞬で人は恋に落ちるんだなって思った。偶然にも写真を撮ることになった。でもカメラの画面越しに見た3人……特に颯真くんと春ちゃんはすでに特別だった。素敵だなって思った。」


 春佳の名前にズキリと胸締め付けられる。


「だけど諦めきれなかった。」


「入学してすぐに、克くんに声をかけられた時、そこで自己紹介した時、思っちゃったの。私にもチャンスがあるんじゃないかって、でも私だって付き合った経験なかったから、どうすればいいか分からなかった。だからとにかく一緒にいたいって思った。だからゴールデンウィークに精一杯の勇気を振り絞ってメールしたの。付き合ってからも、いつか颯真くんが自分の本当の気持ちに気づくんじゃないかって、怯えながら…

 それを気づかせないように、必死でアピールだってした。春ちゃんの気持ちは痛いほど分かっていたのに。友達面して、その反面私はずっと彼女を苦しめてた。だからいつか必ず颯真くんが自分の気持ちに気付くときがくる……。私それが一番怖かった」


 雪那……


「だから…だからお父さん達にも紹介しなかったの。あの時私は、それだけは出来なかった。あんなに実家に颯真くんと行くのが楽しみだったのに、こうなる気がしたから」


「だからごめんね。最後に颯真くんと最高の誕生日を過ごしたかったの。まさかこんなに素敵なものを用意してくれてたなんて思わなかった。上からここの景色を観た時、別れるならここだと思った。初めてのデートの最後の場所だったから。本当にごめんなさい」


「俺は…俺は雪那を……」


「もう素直になっていいんだよ。これっ貰うわけにはいかないから」


 そう言って、お店で一度だけ開けて袋に戻したプレゼントを、そのまま俺の胸に謝りながら押しつける。


「ごめんなさい」


 バッグを突き返され

 タクシーに乗り込む雪那を、俺は止められなかった。

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