第34話 克哉の覚悟①
学祭での出来事を知ったのは、その日の午後だった。
彼女がメイド喫茶でメイドとして接客する事になるのは大体予想がついていた。
だから午前中の手伝いを終わらせすぐに、彼女のいるメイド喫茶のある教室へと向かった。
「あれ?春ちゃんいないの?七瀬さん。」
何の気無しに看板を持っていた文芸サークルの女の子に俺は尋ねた。
「えっと…七瀬さんは早退しました……」
「えっ体調不良?」
「いえ。実は……」
そう言って彼女は起きた出来事を説明してくれた。
「はぁ?」
怒りが込み上げた。
春ちゃんに乱暴な態度をとった奴にではない。
俺自身にだ。
肝心な時に近くにいないなんて。
聞けばその場にいた颯真が彼女を家まで送ったという。不幸中の幸いか。彼女は何事もなくすんだ。
「颯真……」
今日はユッキーと学祭を回ると言っていた。
たぶん何かの理由で一人になったタイミングで来たんだろう。
何で俺じゃないんだ。
「お前に何の迷いもなければ、俺だって春佳ちゃんに行くよ。でもお前!明らかに雪那ちゃんといるとき、春佳ちゃんといるときと性格違うよな。無理してるよなっ!どうなんだよ!なぁ!春佳ちゃんといるほうがいつものお前らしいんだよ!はっきりしろよ!雪那ちゃんも春佳ちゃんも傷つける気かよ!颯真ぁ!」
「お前がまじで春佳ちゃんのこと。幼馴染ってだけなら俺はもう遠慮しねえからな。」
はっきりしない颯真に俺は怒りをぶつけた。
煮え切らない態度は、あのキャンプの日から特に目立つようになっていた。
あいつは気付いてないんだろうか。
近過ぎるのもいけないんだろう。
いや。俺自身が一番ヘタレなんだ。
春ちゃんの気持ちに気付いていながら、高校時代から彼女を見てきた。
彼女の近くにいる事を望みながら、それ以上は踏み出せずにいた。
「なさけねぇ……」
結局行く宛もなく、いつもの学食にたどり着く。
いつもと違い、親子連れや様々な人が賑やかに食事を楽しんでいた。
そんな中端に席を見つけ、缶コーヒーの蓋を開け喉に流し込む。
今は見守ろう。
苦しむ彼女の背中を押す。それが一番彼女の為になるから。
***
学祭が終わりすっかり肌寒くなってきた。
そして、11月を前に俺達の関係も冷えこんでしまった。
あの学祭の後、颯真と雪那ちゃんは喧嘩し颯真は無理なシフトでバイトを入れるようになった。
そのせいで、俺達はあの日の事をずるずる引き摺ったままきてしまっている。
「ん?あっこれ」
ふと廊下の掲示板を見ると文芸サークルの名で書かれた小説コンテストへの応募の案内ポスターが貼られていた。
「これ夏に春ちゃんが一生懸命書いてた小説の……」
既に〆切が過ぎていたコンテストの二次元コードを携帯で読み込むと、小説コンテストのサイトにとんだ。
「おっコンテストの結果出てんじゃん…と最優秀賞は該当なし…優秀賞は……邂逅。ん?」
八陸 真冬…
直感的にわかってしまった。
七瀬 春佳。
これは間違いなく春ちゃんだ。
俺はその画面をスクショし、期間限定であらすじと、冒頭が読めるようになっていたその小説の冒頭を読み始めた。
くっ……
ポロポロと涙が溢れだす。
最後まで読み進める事なく、冒頭だけでこの小説を書いた想いが溢れていた。俺の入る余地がないほどに。
八陸 真冬の描く、一途な愛を紡ぐ物語
「大好きすぎるだろ」
切ないくらいの片想い。
せめて小説の中だけでも自分の恋を形にしていた。
「諦めようとしていたのか?」
これを書き始めたのは、夏前。ちょうど颯真と雪那ちゃんが付き合うと宣言した後だ。
この小説の最後がどうなるかは分からない。
けれど幼馴染の二人が、社会人になって思いがけない場所で出会い、自分の気持ちに気付く。
あの状況になって春ちゃんは自分の気持ちを初めて自覚したのだろうか。
いや。違う。
彼女は入学式の次の日から変わっていった。
颯真と雪那ちゃんが付き合う前から彼女は変わる努力を始めていた。
何があったのか分からない。
でも彼女は入学式の前後で颯真への想いを確かなものにした。
だから変わろうとした。
でも颯真は。雪那ちゃんと付き合い始めてしまった。
諦めた?
違う彼女は覚悟を決めたんだ。決して引かないと。
颯真と雪那ちゃんに直接関わるのではなく、自分自身を変える覚悟を。
そして今の颯真と雪那ちゃんの関係を見て、悩み苦しんでいる。
自分が間違っていたと。
「違う。違うよ。春ちゃん。間違えたのは最初の一歩なんだよ……」
春ちゃんにちゃんと伝えよう。
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