第35話 克哉の覚悟②

 授業が終わり、階段を降りて食堂へと向かう。

 この時間なら時間を持て余した克哉くんがいる可能性が高い。


「はーるちゃん!」


「きゃっ」


 階段を降りると廊下から人影が飛び出す。


「うお。ごめんごめん。そんな驚くとは思わんかった。ほんとごめん」


「もー克哉くん!ほんとにビックリしたじゃない!」


 その人影はちょうど探していた克哉くんだった。


「悪かったよ。それよりも春ちゃんおめでとー」


 急な祝福の声をあげ、克哉くんは自分の携帯で写真アプリを立ち上げ、そこに写されたスクリーンショット画面を映し、私の眼前に差し出した。


【優秀賞】

 邂逅


「ひゃっ!な…なんで……?」


「なんでって俺言ったでしょ。俺は春ちゃんが好きなの。だから春ちゃんのことなんでも知ってるんだな。うん」


「えっ……」


「嘘嘘。嘘だよ。冗談。そんな引かないでよ……。あっ好きなのはホントだよ。」


 急な事で驚きながら、克哉くんをつい鋭い視線で見てしまった。


 それよりもホントに何でこの事を克哉くんが知ってるの?誰にも言ってないのに……


「あぁー。そんな目で見ないでよ。悪かった。だけど、これは文芸サークルの掲示板を見て知ったんだよ。このコンクールの〆切の案内、まだ貼ったままっしょ。これ見ながらメモとってんの見たことあるから、たぶん応募したんだろうなってそん時思ったんだよね。だからそれ見たとき、そういえばこのコンテストの結果発表どうなってるなかなってさ」


「でもなんで……」


 何で私って…ペンネームで出したのに……。


「あー。それは…何となくというか…予想通りと言うか…春ちゃんさ…さすがにペンネーム 八陸 真冬って関連残し過ぎ……」


「はぁー。一生懸命考えたのに」


 たしかに、七瀬だから八と陸 春だから冬 真は…


「この小説、あらすじと冒頭読んだけど、春ちゃんと颯真のことだろ?評価的には感動物みたいだけど、ハッピーエンドにしたの?颯真の真を入れるなんて春ちゃんらしいよ」


 今なんて……?


「えっ。逆に分からないってどうしたらそう思うの?で?小説はハッピーエンドにしたの?」


「ううん。ヒロインの子、死んじゃうから」


 そう。あの小説の主人公は私。

 幼馴染の二人が、社会人になって思いがけない場所で出会い、急速に惹かれあう物語。


 でもヒロインは幸せの絶頂で倒れ、そのまま病気が治る事なく死んでしまう。


 だから決してハッピーエンドなんかじゃない。


「怖かったの?フラれるのも、付き合っても幸せになれないかもしれないって考えるのも。だから答えを出す事なく、死という理由で別れたんだよね」


 えっ。なんでそんなことまで……


「それは…だって…そんな事……」


「俺はいつでも後押しするって言ったよね。春ちゃんの背中を押すっていったよね!諦めちゃダメだ。絶対……


 ドンっ


 その瞬間。

 克哉くんは両手を突き出し、私の後ろの壁を強く叩いた。


 克哉くんは前から私の気持ちに気付いている。

 前の私の時も……克哉くんだけは気付いていた。


「だって、だって颯ちゃん。大好きなの!雪那ちゃんの事大好きなのに、あんなに雪那ちゃんのために頑張ってるんだよ!最近は少し喧嘩してるけど、前まであんなに仲良かった。私のせいで!」


 そう私が人生を変えたから


 克哉side


「違う!」


 違うんだ春ちゃん。


「逆なんだよ。あいつらの邪魔をしてるんじゃない。本当の形に戻ろうとしてるんだ」


 もっと真っ直ぐ見てみなよ。


「え?」


「素直になりなよ!」


 くそっ

 俺は何やってんだ。


 一番素直にならないといけないのは俺だろ!いつもふざけて、本気に見せないで、冗談で済ませて!


 高校時代から好きだった子の隣には、いつも同じ男子がいた。


 松笠 颯真


 生まれてからずっと一緒だという颯真に、いつの間にか俺は勝手に諦めていた。


 それでも颯真と春ちゃんは、そういう関係じゃないと言い聞かせ、俺はそばに居続けた。


 しかし入学式から彼女は変わった。

 その姿にはっきりと気づいた。

 彼女はそういう関係を望んでいるのだと。


 しかしそれはあまりにも遅すぎた。

 彼女の努力は身を結ぶことはなく、颯真には雪那という彼女ができた。


 くそっ!


 なんなんだ!こんなにも近くにお前を想っている人がいるのに!


 俺が俺はこんなにも彼女を想っているのに、届かない!彼女の中に颯真がいる限り!


 春ちゃんは言った。


 雪那ちゃんの為に颯真は頑張っているんだと。

 でも俺は分かってしまった。颯真の心が揺れ動いていることに。


 そして必死になって心の中で言い訳していることに……


 だからあの日、颯真を殴ってでも気づかせようとした。


「お前に何の迷いもなければ、俺だって春佳ちゃんに行くよ。でもお前!明らかに雪那ちゃんといるとき、春佳ちゃんといるときと性格違うよな。無理してるよなっ!どうなんだよ!なぁ!春佳ちゃんといるほうがいつものお前らしいんだよ!はっきりしろよ!雪那ちゃんも春佳ちゃんも傷つける気かよ!颯真ぁ!」


「お前がまじで春佳ちゃんのこと。幼馴染ってだけなら俺はもう遠慮しねえからな。」


 そう伝える事で。


 なぜか消え入りそうな表情を時折見せるようになった彼女が、このまま本当に消えてしまうんじゃないか


 そうさせない為に俺は、彼女の背中を押し続けよう。



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