第36話 それぞれの分かれ道

 吐き出す息がより白く、ちらちらと雪になりきれないみぞれがコートに落ちては消えてゆく。12月。


 家に帰り軽くコートの水気を払うと、私は着替えを済ませ、自分の部屋へと戻り机の引き出しから葉書と筆ペンを取り出す。


 克哉くんに言われた事を思い出す度に、私の胸の辺りはキュッと締めつけられる。


 何かを紛らわすように、私も代筆のバイトを始めた。

 無心で字を書く、丁寧に、丁寧に。

 その間は何も考えず、何も感じない。ただただ無心に筆を走らせる。


 それでも……


「あっ…」


 一瞬でもざわつかせると途端に字が崩れる。

 書き直しだ。


 私をの心を騒つかせるもの。


 本棚の上に飾ってある一枚の写真。

 夏の日の野尻湖のほとり。

 4人がこれ以上ない笑顔で写っている。


 友達になって初めて4人で撮った写真とは違う並び、違う関係性、違う笑顔で。


 そして今、またこの時の写真と4人の関係性は変わってしまっている。


 ここ最近、アルバイトを掛け持ちしていた颯ちゃんの表情に疲れのせいか、精神的なものなのか影が落ちているように見える。


「大丈夫?颯ちゃん」


 昼過ぎにコンビニにへ向かう颯ちゃんに玄関前で会うと、その姿に弱々しさを感じてしまう。


「ああ。問題ないって。やっとプレゼントも買えたしな。絶対雪那も喜んでくれるよ」


「そっか。よかったね」


 にこりと笑う颯ちゃんに、私も合わせて笑う。


 ホントに?私が雪那ちゃんなら大好きな人にこんなにも無理させてまで欲しいプレゼントなんてないよ?


 なんとか予定のものは買えたけど、かなり無理をしたみたいだ。やっとコンビニだけのアルバイトに戻った颯ちゃんに私はどんな言葉も届かない気がした。


「頑張ってね」


「おう。行ってきます」


 あ……


 自転車にまたがりコンビニに向かう颯ちゃんを、私は止めたいと思い手を伸ばし、そしてその手を元に戻した。


 このままバイト終わりに颯ちゃんは、雪那ちゃんと予約したレストランに向かう。

 ちゃんとしたレストランで、最高の雰囲気で、自分の用意したプレゼントを渡す。


 その結末がどうなるか。

 今の私は知らない。


 前の颯ちゃん達は、喧嘩もしていたけど、ここまでのものではなかった。もちろん颯ちゃんもバイトを掛け持ちしたり、プレゼントを選んだりしていない。


 今、私の前では完全にオリジナルな歴史が紡がれている。


 仲直りできるのかな。

 できるといいね。

 私は二人の破滅を望んではいない。


 私が私として、躊躇なく一歩を踏み出すことにした。

 ただそれだけなのだから。

 身勝手なのは分かってる。だけど……


 ズキっ。


「うっ!」


 また頭痛だ。

 どこだか分からない。頭全体をとげで突き刺すようなそんな頭痛が襲う。


 この頃痛みの強さも頻度も、増えてきてるような気がする。


「ううっ」


 壁に寄り掛かり頭を抑え無心になる。

 この頭痛はやり過ごすしかない。あの時の痛みに比べれば、まだまだ私の生命は奪ってはいけないだろう。


 痛い痛い痛い痛い


 だからこそ、前はそんなに気にならなかったこの頭痛が、今は死へのカウントダウンのようだ。


 だからか焦りの見えた私の心が、ザワザワと騒ぎ出す。


 本当に?


 無理してる颯ちゃんがこのままでいる事を望んでいるの?


 本当にそう思ってる?


 あと4ヶ月もないんだよ。私はまた後悔したまま終わっちゃうの?


 ううん。決めたんだ。


 気持ちを必ず伝えるって!


 私は私として、精一杯やるって。


 ブブブ ブブブ ブブブ


 頭痛が止み、携帯のカレンダーを見つめていると着信を知らせるバイブと共に、真崎克哉の文字が液晶画面に流れる。


「もしもし」


「あっ良かった。春ちゃん今日って時間ある?」


「うん。どうしたの?」


「そっか。今日食事でも行かない?」


「えっでも颯真くん「二人で。二人じゃダメかな」


 急にいつもと雰囲気の違う真面目な声に驚く。どうしたんだろう。


「うん。いいけど。どこに行けばいい?」


 前から克哉くんとは二人で食事に行く事はある。

 だから普通に聞き返す。


「じゃあ。駅前のB&Tはどうかな」


 B&T。駅前にあるカジュアルだけどお洒落なイタリアンレストランだ。


「うん。大丈夫」


「じゃあ18:30に予約しておくね」


「うん」





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