第24話 花火

「おっ。そろそろ花火の時間だな」


 盆踊り大会も終盤に差し掛かると、来場者が一気に増えてくる。

 目当ては皆、この後の打ち上げ花火だ。


 数年前。

 お父さん達、お祭りの実行委員が撮影し、動画サイトにあげた一つの動画。


 少しコミカルに作られた動画は、近くの遊水池から打ち上げられる花火を撮影したもので、近距離で見上げる花火は、音と光が完全に一致し、一発一発が震えるくらいの衝撃を伝える。

 そして、近すぎてたまに落ちてくる火の燃え尽きていない花火の玉のカケラを、お父さん達が「怖っ」「きたきたきた」などと言いながら避けている様が映し出されていた。


 その花火の迫力が段違いだと拡散され、次の年から来場者数は一気に増えることになった。


 さすがに増えすぎた来場者にひっきりなしに注意喚起の放送が流れ始めると、皆花火を見るために移動を開始した。


「うん。そろそろ移動しよっか。」


 神社を出て、花火の打ち上がる遊水池のほとりに移動する。人混みに巻き込まれないように、しっかりと颯ちゃんの作務衣の袖を握って。


 神社のすぐ近くにある遊水池は、池を中心にして盆地のような形になっていて、池の中心の島の部分から花火を打ち上げるため、その周囲の高台の部分から花火を見上げる。


 もちろん神社からも綺麗に見えるが、小さな頃から震えるくらい衝撃を感じる事の出来るこの場所が、私達のお気に入りとなっていた。


「た〜〜〜まや〜〜〜」


 花火の開始を告げる大玉が打ち上がる。

 ドンッという爆発音とともに閃光が尾を引きながら高く高く昇っていく。


 横浜の花火メーカー。浜玉屋さんの作った渾身の花火に、颯ちゃんが定番の声をあげる。


 そして、すぐそこで打ち上げられた花火は、真上を向くほど高く上がり


 ドンッ


 雲一つない夜空に大輪の菊の花を咲かせた。


 そしてそれを皮切りに色とりどりの花火が連続で打ち上がり、周囲の熱が上がる。

 同時に火の消えきらない燃えカスが上空から降ってくると皆楽しそうに奇声をあげた。


 花火は続き、呼吸を止めてしまうほど、連続で打ち上げられるスターマインに息をのむ。

 そして、さらにしだれ柳が視界を埋め尽くすほど打ち上げられると、その影に隠れて、一筋の光が上空へと昇り弾けた。


 黄金色の大輪の花を咲かせ、それぞれが稲穂が垂れ下がって落ちてくるように線を引く。


 幻想的な光景にみな大きな歓声をあげ、自然と拍手が巻き起こると、遊水池がパッと明るくなる。


 ふと下に視線を戻し、見上げ続け少し張った首をほぐす。


 中央に張られたワイヤーに沿って花火が一気に点火される。ナイアガラと呼ばれる花火に皆一斉にカメラを構えシャッターを押した。


「おー今年もめっちゃ綺麗じゃん」


 毎年の決まったセリフ。横顔の凛々しさと並ぶ肩の高さが変わって、大学生になってもこの少し興奮した無邪気な笑顔で言うセリフは変わらない。


「うん!」


 次々と打ち上がる花火。

 菊に牡丹、柳に蜂。定番の花火があがる。


「あっハート」


「おっスマイルマーク!今年はめっちゃはっきりみえるな!」


「そうだね。ホントに凄い」


 土星やスペードの形の花火が打ち上がり、アニメキャラクターの顔が夜空に描かれると子供達が一斉に喜びの声を上げ、形が崩れていると落胆の声を上げる。


 空中でネズミ花火のようにランダムに回転する花火。

 閃光花火のようにパチパチと細かな火花を散らせる花火。

 細かく散り、様々な方向に走りだすカラフルな花火。

 打ち上がるだけでなく、下から噴き出すように目の前の低空の部分を彩る花火が、人々の目を釘付けにする。


 そして


『さあ。これが花火大会最後の構成となります。今年も変わらず、浜玉屋さんの素晴らしい花火でした。それでは皆さんご一緒に!ハマッ』


「「「「「た〜〜〜まや〜〜〜〜〜!!」」」」


 ドンッ

 と言う打ち上がげ音と共に、皆一斉に空へと声をあげる。


 年々大きくなる掛け声に合わせて、毎年豪華になっている花火の舞が、夏の最後を告げるかのように盛大に夜空に輝く。


 夜空に咲き乱れる華々。轟音が胸の辺りを揺さぶり、あたりを白い煙がたち込める。


 そして最後に高く高く火の玉が尾を引きながら、上空へと駆け上り、始まりの花火と比べものにならない轟音とともに、一輪の大輪の華を咲かせた。


 無音


 轟音の残渣が遠くへと流れていく。

 煙だけが残った空を見上げ数秒後


 パチ

 パチパチ

 パチパチパチパチ………


 最初の一回拍手から、一斉に広がる拍手と歓声。

 遊水池の周りを埋め尽くした観客が、一斉に解放された。


「ふー。やべえな今年の。父ちゃん達、金かけ過ぎだろ」


「そうだね。毎年段々派手になるよね」


「あー。もう来年が楽しみになってきた!なっはる!」


「ホントにね」


 最後に鳴り響いた花火の振動がまだ全身を震わせる。

 痺れるような揺れが、胸のあたりを刺激し、私を不安にさせた。


 私の最後は、線香花火のように激しい頭痛とともにあっけなくポトリと終わった。


 颯ちゃんに、自分に、何も出来なかった後悔だけを残して。


 来年はあるの?今の私は花火ならどんな華を咲かせるんだろう。


「どうした春?」


「ううん。なんでもない」


「そか。帰るか」


「うん」


 予想出来ない未来に落ち込むのはやめよう。

 今、この一瞬も大切な私の人生なんだから。

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