第23話 盆踊り
少し先で祭囃子が鳴り響く。
地元の盆踊り大会は、私達の地元だけでなく最近は少し離れた地区からも、参加者が集まる有名なお祭りになってきている。
今日も、多くの人々が長い階段を登り、会場である神社に向かうための列を作っていた。
「春佳!」
「颯ちゃん。自治会のお仕事お疲れ様」
「ったく。親父達もう酒呑んで盛り上がってるよ。最後迄もつのかよ。それよりも……新しい浴衣いい感じだな。去年まで暗い感じの色だったのに……」
「ありが…と」
去年までの私は、黒地に模様の入った浴衣を好んで着ていた。
お互いの父親が、自治会でこの盆踊りを仕切っているため、私達は自然と毎年作務衣と浴衣を着て二人で参加し、私はあまり目立たずに過ごすため、地味な浴衣を選んでいた。
前の私は雪那ちゃんに遠慮して引き篭もり、初めてこのお祭りに参加しなかった。
「変じゃないかな」
白地に鮮やかな花柄の浴衣は、今までの浴衣とは印象が大きく違って見える。
最後までいつものような浴衣と、この浴衣で迷っている時、颯ちゃんが似合うと選んでくれたこの浴衣。
似合ってるといいな。
「全然変じゃねえよ。でもどうしたんだ?いつもなら一番地味目なの選ぶのに」
「うん…たまには良いかなって」
毎年二人で来ていたこの盆踊り。
もしかすると最後かもしれないから。
なんて絶対言えないよ……
「うっし。花火まで時間あるし、出店行こうぜ。おっちゃん達焼きそば出してるし、なんか食いてえよ。腹へったし」
颯ちゃんが笑顔でお腹をさする。
うん颯真くんじゃない。たしかに颯ちゃんだ。
「うん。今年もお客さん増えたしね。もうどこも並ばないと買えないかも」
私達が中学生くらいまでは、地元のお祭りという規模だったこの盆踊りも、私達が高校に上がる年。
ある一つの動画がバズった?らしく次の年から一気に周辺地域から人がくるようになってしまった。
お祭りは盛り上がって、お父さん達は売り上げが上がるって大喜びだけど、私はちょっと寂しいかな。
このお祭りは颯ちゃんとの思い出が多い。
「だな。んじゃ行くか」
「うん。」
颯ちゃんの少し後ろを歩きながら、その横顔を覗く。
見慣れたはずの横顔に、大きく鼓動が跳ね顔が熱くなる。
大人になったな。
高校を卒業して、まだ半年も経っていない。
高校生と大学生。
去年見た颯ちゃんより、明らかに大人びて見える颯ちゃんの横顔。
何度もちらちらと見ては、真っ赤な顔をバレないように足へと視線を落とす。
私はいつもこうして颯ちゃんの少し後ろを歩く。
颯ちゃんの作務衣の裾を軽く掴みながら。
神様ごめんなさい
この道の先に居るはずの神様に心の中で謝る。
今だけは、この幸せを独り占めすることを許してくださいと。
雪那ちゃんごめんなさい
ペンションのお手伝いをしている雪那ちゃんにも、私は心の中で謝り続ける。
この位置だけは、毎年訪れるこの位置だけは渡す事はできないと。
今は、今だけは颯ちゃんは、颯ちゃんなのだから。
「あっ!」
「えっ?」
歩いていると急に膝の裏に衝撃を感じ、颯ちゃんの左腕でに寄りかかる。
倒れないように咄嗟に腕にしがみつきながら振り返るとキャラクターの描かれた風船が顔の前を通過し、空高く昇っていく。
「ごめんな…あっ……風船が!」
ぶつかった拍子に手から離れた風船が、宙を舞う。
風はなく、ただただ真っ直ぐに月に向かって高度を上げた。
「風…船。風船いっちゃった」
咄嗟の事で空に集中してしまった私は、颯ちゃんの腕から手を離し視線を下へと向ける。
「ごめんなさい!」
私が振り返ると、小さな男の子が礼儀よく頭を下げた。
「私こそごめんなさい。だから顔を上げてね。」
頭を下げる男の子の髪を優しくなでる。
細かく肩を入れるを震わせて、泣かないように我慢しているのがわかる。
「あちゃー。いっちまったか。あっ。ちょっと待てな」
そう言うと颯ちゃんが、出店の方へと向かって走りだす。その先には風船の出店。
颯ちゃんは裏に周り、店の一人に笑いながら声を掛け、戻ってきた。右手に同じキャラクターの描かれ風船を持って。
「ほら。ごめんなお姉ちゃんのせいで。今度は離さないようにな」
颯ちゃんは、男の子の髪をなで風船を渡さす。
「うん!ありがとうお兄ちゃん!お姉ちゃんも!」
男の子は、そう言って手を振り先へと走る。
「気をつけてね!」
あっという間に人波に消える男の子の顔は泣き顔ではなく、晴れ晴れとしていた。
「ありがとう颯ちゃん」
「ああ。風船屋だしてんの文房具屋のおっちゃんとこだったんだよ2丁目の」
「えっ?そうだったんだ。」
「まあな。だから訳話したら新しいのくれたんだわ」
松木文房具店
私達が小さい頃からお世話になっている文房具屋さん。レジにはもう100歳になるお婆ちゃんがいつも座って、そろばんで計算してレジに打ち込むのが昔から変わらない光景
おじさんはそこのお孫さん。いつも私達に優しくしてくれる。ありがとうおじさん。
「そっか。よかったあの男の子。笑顔になって。せっかくのお祭りで泣いて欲しくないもんね」
「だな。春みたいに迷子になってな」
「もうっ!あれは小学生の時でしょっ!」
「あはは。後ろにいた春が居なくなってたの気付いたときまじ焦ったわ。あの後、超母ちゃんから怒られたわ」
うん。あれから私は颯ちゃんの作務衣の裾を掴むようになったんだよね。
颯ちゃんもたぶんそれが分かって、何も言わずに掴ませてくれる。
「うん。懐かしい。」
本当にこのお祭りには思い出が多い……。
これが最後のお祭りになるのかな。
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