第22話 近付く終わり

 翌朝

 物音を立てないように、ゆっくりと雪那ちゃんと共にテントから這い出ると、朝食の準備に取り掛かる。


 すでに朝食の材料だけとなったクーラーボックスから、すべての材料を取り出す。


 今日の朝食は克哉くんのリクエスト。


 両面焼いた厚切りのトーストの上に、白身をしっかり焼いて崩れない程度の黄身の目玉焼き。それに半分にカットしたリンゴ。


 なにか有名なアニメに出てくるみたいだけど、私には普通の朝食にしかみえない。


 でも颯ちゃんと2人で興奮して話してたし、特別な朝食なんだよねたぶん。


「これって有名なの?」


 雪那ちゃんは知ってるのかな?


「んー私もこのアニメ見たはずなんだけど覚えてないんだよねぇ。颯真くん達は厚切りパン見て興奮してたけど……やっぱり足りないよね」


 さすがにこれだけでは少し寂しいと感じた私たちは、2人に内緒でウインナーとベーコン。ミニトマトにスープは別で添えさせて貰った。


 うん健康的。


 コーヒーのドリップの香りが広がると、2人が眠そうな顔をしながらテントから出てきた。


「おは…よ……」


「おはよう」


「おはよ。2人とも顔洗ってきたら?戻るころには準備できてるとおもうよ」


「ん……?あっそうじゃん。今日の朝食って!うぉー。颯真っ!みてみって」


 ちらりとテーブルに視線を移した克哉くんの意識が瞬間的に覚醒する。


 どう?ご希望通り?


「おっホントだ。春佳が作ったの?」


「雪那ちゃんと2人でだよ。ちょど今、炊事場にいってるから2人とも早く行ってきてね。冷めちゃうから」


「はーい」


 先ほどまでの眠たげな様子を一切みせず、走って水場に向かう二人。


 よかったご希望通りだったみたい。

 コーヒーを注ぎ終える頃には3人が席に揃った。


「「「「頂きます!」」」」

 4人で手を合わせる。


「おーこれこれめっちゃアニメ通りじゃん。そうだ食う前に写メ写メ〜」


「これだよこれ。なんか外でこれを食べるのがやっぱ正解だよな」


「洞窟じゃないけどな。よし食うぞ」


 これ洞窟で食べる朝ごはんなの?


 色々な角度で写真を撮り終わった2人は、ようやく食べるようで、トーストを両手でしっかりつかむ。


 それにしてもウィンナーやトマトは別皿にしたのは正解みたいだ。

 わざわざトーストとりんごだけが写るように撮影してる。こだわりがあるのかな?


 こんな子供みたいにご飯で、はしゃぐ姿も初めてみたな。二人にこんな一面があるなんて……


「よーしいっただっきまーす」


「えっ⁈」


 トーストを持ったと思ったらそのまま乗ってる目玉焼きだけを一気に食べる2人……


 えっそれがやりたかったの?


「これだよこれ。やっと念願叶ったぜー。母ちゃん厚切り嫌いでいつも薄切りでやってたからな。んーうめえ」


「えー。目玉焼きを食べただけじゃーん。美味しいの?颯真くんも?」


「そうだな。まあ憧れ的な?」


 そんな二人を真似して、私も目玉焼きだけ口だけ使って食べる。

 うん。まあ目玉焼き?


「おー。それそれ。分かってるねー春佳ちゃんも」


 克哉くんが何故か大喜びだ。これが正解みたい。

 んー。帰ったら元のアニメみてみよ。


 楽しい朝食の時間も終わり、すぐにチェックアウトの準備だ。


 昨日使った焚き火の燃え滓を処理し、颯ちゃんたちが洗っている間に雪那ちゃんと二人、朝食の片付けにはいる。


「楽しかったね春ちゃん!」


「うん。誘ってくれてありがとね雪那ちゃん」


「こちらこそだよー。今年はどうしようかと思ってたけど皆んなが手伝ってくれてホント良かった。そういえば、昨日夜はしばらく外にいたの?」


 何故か大きく心臓が跳ねる


「えっ?」


「昨日夜一回目を覚ましたら春ちゃんいなかったから。私もしばらくしたらすぐ寝ちゃったんだけどね」


「うん。しばらく星を見てたの」


「そうなんだ!やっぱりこっちは夜空が綺麗だよね。私も春ちゃんがうちの地元の星空気に入ってくれて嬉しいよ。また一緒に来ようね」


「そうだね。きっとまた来たいな」


 私の中でドロリとした感情が広がる。颯ちゃんと一緒に。この一言が出なかった。

 なんの下心もなければ自然と出ていたはずの一言。


 やっぱり私は卑怯者だ。


 洗った食器を片付け、結露で濡れたテントを拭く。軽く拭けばこれからの時間帯なら乾いてくれるだろう。


 小道具をしまい、すっかり乾いたテントをたたみ、しまうと、さっきまでテントがあった場所がポッカリと土の地面に戻る。


 その姿に、先までの夢のような時間から急に現実に戻される。


 さっ帰ろうか。


 一度雪那ちゃんの実家に戻り、ここで雪那ちゃんとはお別れだ。彼女はこのまま実家を手伝う事になっている。この夏休みの束の間の休暇だったのだろう。


 そして私達もまた4時間かけ、帰路に着いた。


「それじゃあ俺はここでな。颯真。ちゃんと家まで姫をお送りするのだぞ。家の前までな」


「わーてるよ。てか隣だっつうの。克哉も運転気をつけろよ」


「おう。あと少しだからな。じゃっ春佳ちゃんもまたね」


「うん。気をつけてね。運転ありがと」


 じゃあなと言って克哉くんが出発しハザードが何度か点滅する。


「行こうか」


「うん」


 2人での帰り道。いつもの帰り道が夕焼けに染まる。


 ずきっ。


 一瞬頭を突き刺されたような激しい頭痛が私を襲う。


「いった」

 頭を抑え私は道にうずくまってしまう。


「おっおい春?大丈夫かっ?」

 幸いにも頭痛はすぐに治まる。


 うろたえる颯ちゃんに私は笑顔で返答した。


「ちょっと疲れちゃったみたい。だから大丈夫だよ」


 颯ちゃんごめんね。たぶんもう時間が迫ってるんだ。

 4月まであと半年。私の残り時間は半分を切った。


 言わないことへの謝罪。言えない事への後悔。


 今までで一番楽しかった。

 だからせめて今日は笑って終わりたい。

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