第31話 大桜祭② 春佳side

「おっけー。あなたは落ち着いて対応するのよ。七瀬さん。出番よ」


 陣内部長がインカムにて指示を出す。

 その声はどこか生き生きとしている。


「えっはいっ!行ってきます。」


 ちょうど何度目かな休憩をしていると、陣内部長が私の出番を告げた。

 休憩時間、間違えたのかな。


 やけに優しげな顔をしている陣内部長が、軽くお化粧を直しカチューシャの位置を調整し、背中をぽんっと押した。


 そして何故か親指を立てた。


 扉が開き、次のご主人様となるお客さんが入ってくる。


「おか…「春…かか?」


 出迎えの言葉と共に頭を下げると、その瞬間に入ってきたその姿は、紛れもなく颯ちゃんだった。


 えっ。なんで颯ちゃんは雪那ちゃんと今日は回るって……

 顔をあげれば私の姿に驚いている颯ちゃんがいる。

 私も一気に顔が熱くなる。


「颯ちゃ!颯真くん……。おかえりなさいませ。ご主人様。こちらでお寛ぎください」


 慌てて、顔を振り颯ちゃんではなく、ご主人様として席に案内する。


 恥ずかしい。耳の先まで熱くなった今の私はわかるくらい顔が赤くなってるだろう。


 裏をちらりと見れば、陣内部長と数名が笑顔でこちらを見ていた。


 颯ちゃんの事知っていたんだ……。


「おかえりなさいませ。ご主人様。お疲れですね。お席でごゆっくりご寛ぎください。何かお飲み物やお食事を準備いたします。何をお召し上がりになりますか?」


 赤くなった顔をなんとか抑えるように、感情を落ち着かせ決まったセリフを口にする。


「紅茶とクッキーの盛り合わせを」


「はい。ご主人様。すぐにご用意いたします」


 注文を聞き、私が試作として作ったと話した数種類のクッキーの盛り合わせと、紅茶のセットをすぐに用意する。

 よかった。あのクッキー気に入ってくれていたんだ。


 この姿はどうかな。颯ちゃん気に入ってくれるかな。


 頭を下げて、裏に戻ろうとすると、私の休憩中に来店したのだろう大柄なお客さんに、突然手首を掴まれる。


「おっ俺この子超タイプ。なあご主人様のために色々注入してくれよ」


 そして乱暴に引き寄せられる。


 怖い。


 なんで。


「やめてください!」


 思った以上に大きな声がでる。


「いいじゃねえかよ。メイドなんだからご主人様にもっと奉仕しろよ。ほら食べさせろって」


 それでも更に高圧的な態度で立ち上がる男性に、脚が震え、涙が出そうになったその時……


「おいっ!」


 颯ちゃんの声が私の耳に届き、すっと涙が引く。


「おっとお客様」


「なんだよ!お前ら!」


 そして同時に警備用に待機していたスタッフが間に入り、騒ぎを起こした目の前の男性の肩を押さえ座らせた。


 彼らは警護役で待機している格闘系サークルの面々だった。


「春佳!」


「颯ちゃん」


 警護の人達が私を男から遠ざけてくれた瞬間、颯ちゃんが私の手首を掴み、引き寄せた。


「大丈夫か」


「颯ちゃん。ありがとう……怖かった。怖かったよ」


 私は颯ちゃんに思いを声にならないくらいの声で伝える。振るえが止まらない。


 格闘サークルの警護達が大学生のグループを取り囲む。


「困りますねお客さん。お触りは罰金の上、即退場。入場前にお知らせしてありますよね。連帯責任で他の皆様もご退室願います。」


 ガタイの良い男たちに囲まれ、先程までの勢いを失った男性が、仲間とともに教室から連れ出させれて行く。


 私の震える肩を颯ちゃんが、そっと抱き寄せてくれる。

 安心する。やっぱり颯ちゃんだ。ありがとう。颯ちゃん。


「大丈夫かい。七瀬くん」


 すぐに刈谷部長が私の元に駆け寄り、裏へと誘導する。私は力無く椅子に座ると、何度も深呼吸を繰り返した。


「今日は、このまま帰ります」


 私の顔色が悪いと心配してくれる颯ちゃんが、対応してくれた刈谷部長に帰宅を告げる。


「そうですね。それがいいでしょう。ここからは…女性がいいでしょう。着替えや帰る準備もあるので、彼女は陣内。手芸部の部長です」


「よろしくお願いします。陣内さん。とりあえず春佳は着替えてきなよ」


「うん」


 颯ちゃんから言われた通りに、陣内部長が持って来てくれた着替えを持ち更衣室へと向かう。


 どうしてこうなっちゃったんだろう……








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