第30話 大桜祭① 春佳side
10月。
まだ薄暗い5時に目覚ましの音と共に起きると、学校に行く準備を整える。
桜華大学学祭
『
前の私の記憶には、ほとんど残っていないこのイベントは、試作に買出し、縫製に接客の練習、サークル内のたわいもない会話。始まる前迄に既に多くの思い出を私に残してくれている。
歴史は変わる。変えられる。
前の私が踏み出せなかった一歩を、踏み出す事が出来れば。
「おはよう七瀬さん。朝早くからごめんね」
「おはようございます。陣内部長。今日はよろしくお願いします」
早朝とは思えないほど、最後の準備に追われる学生達が走り回る構内も初めて見る光景だった。
こんなに早くから皆が準備をしていた事すら、私は知らなかった。いや。知ろうともしなかった。
「うん。うん。心の準備は万端かい?今から七瀬さんを大変身させちゃうからね!」
「はい。よろしくお願いします」
メイド役の部員は数人がかりで、化粧から髪のセットまで一気にされる事になっている。
私の場合は陣内部長含めた3人でお化粧からメイド服への着替えまでを担当してくれる。
私は着せ替え人形のように身を任せるだけで、"私"はどんどん別の誰かになっていく。
「うん完璧」
「これが私……?」
「七瀬さんすごーい。メイドさんよりメイドさんだよ!」
「うんうん。分かる分かる。私達が想像するメイドさんまんまだよ!いやそれ以上!」
「ふふ。そうね。私たちのイメージ通りになったと思うわ。どう七瀬さん」
姿見に映しだされた自分の姿。
真っ黒な私の髪の毛は、キュっと高い位置でまとめられ、トップにはフリフリのついたカチューシャ。
メイド服は陣内部長曰く、王道らしく肩に膨らみを持たせたロングスカートのワンピース。白く清潔感のある袖口と襟袖。
そして清楚な雰囲気のフリルのついたクラッシックなロングエプロン
たしかに、どこかで見た事のあるメイドらしいメイド姿の私がいた。
「私じゃないみたいです」
「でしょでしょ。普段と違うお化粧して、普段では着ない衣装を着る。別人になれるんだよ。七瀬さんもコスプレの才能があるかもよ」
「ほらー七瀬くんが終わったんならブリーフィング始めるよー。陣内もそっちの道に引き込もうとしないの」
「あたっ。いいじゃーん。ケチくさいなぁめいちゃんは……」
刈谷部長が、丸めた進行台本で陣内部長の頭を軽く叩く。
「ちゃんとやれ。ほらほらみんなー。大桜祭開始まであと1時間もないよ。今日は大勢のお客さんが来てくれると思う。打ち合わせ通り皆で協力していこう」
「「「はい!」」」
パンッ パンッ パンッ
最後の準備が整ったところで、校舎に花火があがる音が響く。
大桜祭の幕が上がったようだ。
この開始の合図と共に校門が開く。今構内に参加者が一気に雪崩れ込んでいるのだろう。そのうちのどれくらいの人が私たちのお店に来てくれるのだろう。
皆んなで頑張って用意したんだ。いっぱい来てくれるはず。
私たちの店は2号館3階第4調理室とその隣に隣接した教室を改装して使用している。
調理室では調理班がクッキーを焼き、注文に備えている。
教室の前にある受付が注文を取ると、インカムにてすぐに注文が入り調理が開始される。
そしてお客さん…ご主人様がご帰宅されると、私たちメイド・執事班の出番だ。
「おかえりなさいませ。ご主人様。お疲れですね。お席でごゆっくりご寛ぎください。何かお飲み物やお食事を準備いたします。何をお召し上がりになりますか?」
「あっえっと…。じゃあアイスティとクッキーをくだ……貰おうか」
「はい。ご主人様。すぐにご用意いたします」
このやり取りは予定通りのやり取りで、既にお客さんは受付で注文票を貰い、もう一度その注文を繰り返す仕組みで、このやり取りを楽しんでもらうらしい。
私が裏に行くと、すでにアイスティとクッキーが用意されていた。
ちらり調理室を覗くと、調理室には『ご主人様を待たせない』と墨で書かれたスローガンが貼ってあり、調理部部長。真中先輩が自らオムライスを調理しながら指示を出している。
「七瀬さん凄いじゃない。バッチリだったよ!」
「ありがとうございます。緊張しました」
「ホントに?もう幼馴染の彼に毎日やってるんじゃないかって思うくらい自然だったよ!」
「やってません!何言ってるんですかっ陣内部長!」
あのゴールデンウィークの日々がふと思い浮かび、体が熱く感じる。
「うふふ その反応あやし 痛っ!」
「陣内言ったよね。うちの七瀬くんを揶揄うなって。ほら七瀬くん、ご主人様を待たせない!陣内の説教はちゃんとしとくからいっといで。」
「はい」
「お待たせしました。ご主人様」
私はご主人様ににこりと微笑み、アイスティとクッキーを置く。忙しくなってきた。頑張ろう。
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