第29話 大桜祭② 颯真side

 メイド服姿の春佳に着替えてくるように、部長が告げ、裏へと戻る春佳。


「ごめんなさい。」


裏まで付き添うと、そこに居た女性が急に頭を下げた。


「えっと……?」

 

「私は手芸サークル部長の陣内です。あなた松笠くんよね。七瀬さんの幼馴染の。」


「はい」


「私なの。彼女にメイド服着てウェイトレスをしてほしいってお願いしたの……」


 こんな事になるとは予想していなかったのだろう。小さな肩を細かに揺らしうつむく陣内部長は、今にも泣きそうな声で更に頭を下げた。


「陣内部長。春佳が自分でやるって言ったんですよね」


「え…うん。でも!それは私達が説得してお願いした…から……」


「違いますよ。春佳は嫌なことには絶対に頷く事はないです。ああ見えて頑固な奴なんで、それに春佳自身今日を楽しみにしてたんで、そんなに気にしないで下さい」


 他の部員に肩を抱かれ頭を下げ続ける陣内部長に、気にしないよう告げると、奥の更衣室から春佳が着替えを終え出てきた。


 メイド服を脱ぎ、アクセサリーの眼鏡とカチューシャを外した春佳。

 しかし髪型とメイクはそのまま。いつもとは雰囲気の違う春佳。


 眼を少し腫らせた春佳の姿に、胸がぎゅっと締めつけられ、シャツを掴む。


 春佳に何かあったら?

 これ以上の何かがあったら?


『はっきりしろよ!雪那ちゃんも春佳ちゃんも傷つける気かよ!颯真ぁ!』


 昨日の克哉の声が頭に響く

 頭と心臓がぐちゃぐちゃになる。


 何なんだよこの感情は!? 


「着替え終わったみたいだな。大丈夫か?」


 周りの部員に心配そうに見つめられながら、メイド服を胸に抱き、歩いてくる春佳に声をかけ、部員の持ってきた春佳のバッグを受け取る。


「うん。大丈夫だよ」


「じゃあ。すみません。途中ですが今日は帰らせていただきます。」


 俺は部員の皆に向かい頭を下げる。


「部長……」


「すまない。七瀬くん。怖い思いをさせたね。気にしないでゆっくり休んでください」


 春佳がメイド服を刈谷部長に預けたのを確認し、教室を出た。


 賑わう校内を最短で抜け、ちょうど目の前に停まっていたタクシーを捕まえる。


「えっ……」


「今日ぐらいいいだろ。ほら乗って」


 こんな状況でも電車で帰ろうとしていた春佳を、タクシーの後部座席に押込み、運転手に行き先を告げる。


「びっくりしたよな」


「うん」


「大丈夫だからな」


「うん」


「今日はゆっくり休めよ」


「うん」


 窓の外の流れる街並みを横目に見ながら、春佳に何を話して良いのか、何を話すべきなのか、頭の中に単語が生まれては消えていく。


 時折ちらりと春佳の横顔を見ては、うつむく彼女にどんな言葉をかけていいのか分からず、結局窓の外に視線を晒す。


 俺はどうしちゃったんだよ……


 そんな葛藤の中、タクシーは家の前に停まる。


「春?」


「うん。ありがとう颯ちゃん。ごめんね。学祭の途中なのに……」


「何言ってんだよ!俺を頼って悪いと思うなよ!」


 玄関ドアに手を掛けた春佳の一言に何故か無性に腹が立ち、そして同時な春佳を守りたいと言う気持ちが溢れだす。


「颯…ちゃん」


「ごめん。大丈夫だ。俺は常に春と一緒にいただろ」


 そっと手を頭の上に乗せ、ぽんぽんと軽く叩くと、胸に引き寄せた…


 春佳の服から気持ちが落ち着く花の香りが舞う。


「大丈夫。俺が近くにいるからな」


「うん。……ありがと」


 その瞬間携帯が震え、春佳が後ろへと距離を置く。


「ごめん」


 震え続ける携帯をポケットから取り出すと、そこには ➖雪那➖ の文字


 時間を見ればちょうど13時。

 講演が終わったのだろう。

 そうか連絡していなかったんだ。


 後ですぐ掛け直そう。


「出てあげて!雪ちゃんにちゃんと謝っておいて。私からも連絡しておくから。今日はありがとう」


 そう言って春佳は家へと帰った。


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