第19話 最高の一枚

 枕元で鳴り響く携帯を手探りで探し、アラームを切る。昨日までの疲れか、いつもより重い身体をなんとか起こし体を伸ばす。


 今日も頑張ろう。


「おはよ。颯真くん。克哉くん」


 朝8時からの朝食の準備のため、ペンションの朝は早い。

 真夏といってもまだ薄暗い5時過ぎには起き準備を始める。

 今日で手伝いは最終日。


 午前中最後の手伝いをしたあとは、野尻湖のほとりで一泊キャンプをする事になっている。


「ん。おはよ。」


 朝に弱い颯ちゃんは、根寝ぐせを押さえつけながら廊下を足を引きずるような重い足取りで洗面所に向かう。


「おはー…………」


 いつも元気な克哉くんも、さすがに5時だとさすがにエンジンはかかっていないみたいだ。


「ほらほら二人ともしっかりして!雪那ちゃんが朝ご飯作ってくれてるから!」


 慣れない仕事の疲れが抜けきらぬまま迎える朝は、雪那ちゃん以外の私を含めて3人にはつらいようで、お互いエンジンの掛からぬまま、淡々と仕事前の準備に取り掛かる。


 雪那ちゃんは私も手伝うと言ったが、疲れてるからと一人で朝ご飯を用意してくれている。


 せめて二人をしっかり監督しないと。


 洗面所に横並びになると、歯ブラシを掴んだ颯ちゃんに使っていた歯磨き粉を渡す。


「はい。歯磨き粉」


「ん。」


 2人で並んで歯を磨くなんて随分久しぶりのような気がする。

 磨き終わり口をすすぐと、コップを颯ちゃんに手渡す。


「はい。コップね」


 すると近くにあったタオルを手に取り、颯ちゃんはそれを私に手渡した。


「ありがと。」


「ん。」


 そして颯ちゃんがすすぎ終わるのを確認し、タオルをかえした。


「あっタオルありがと」


「ん。」


「なんか熟年夫婦みたいだなお前ら……。」


 そんなやり取りを後ろで見ていた克哉くんが呆れたような表情で呟く。


「「幼馴染だから」な」


「そんなとこまで揃える必要ねぇよ……。ったくお前ら見てると一々考えるの阿保らしくなってくるよな」


 そうは言っても、これはしょうがないよね。


「颯真くーん。克哉くーん。春ちゃーん。ご飯だよー」


 克哉君が洗顔や歯磨きをしながら3人で話していると、下から雪那ちゃんの声が響く。


「うぉっ。いがいたらふぐいくから、はきいっへへふれ」


 歯磨き粉の泡でいっぱいになった口を押えながら、克哉君が慌てて話す。なんとなく何を言ってるか理解して克哉くんにタオルを渡す。


「私先にいって手伝ってくるから、颯真くんと克哉君は磨き終わったらきてね」


 そう言って下に降りると、既に雪那ちゃんが朝食を作り終えて待っていてくれた。


「あっ。ごめんね雪那ちゃん……」


「ん?いいよいいよ。ペンションの手伝いで疲れてるでしょ。私慣れてるし、最初から早く起きるつもりだったしね」


 そう言いながらお味噌汁を注ぐ雪那ちゃんから、お腕を受け取る。

 テーブルには焼き塩鯖におひたし、卵焼き、それに納豆に味付け海苔がならび。そして最後にご飯とお味噌汁。そして箸を並べる。


「すご。旅館の朝ごはんみてえじゃん」


「うぉー。すげぇ。これ雪ちゃんが作ったの?プロじゃん。くそー颯真っ!羨ましいぞ!」


 ホントに凄い。雪那ちゃんは家庭的な女の子だ。


「ふふ。でしょでしょ。気分だけでも味わってもらいたくて」


「雪那ありがとな。すげぇ美味しそう」


「じゃあ食べちゃおうか」


「「「「いただきます」」」」


 朝食を済ませ、ペンションのお客さん用の朝食の準備に取り掛かる。


 午前中いっぱいの仕事で、今回のお手伝いは終了する。

 残りの時間、精一杯働こう。


「はい。お疲れ様。手伝ってくれて本当にありがとう」


 厨房から出てきた了さんが、コック帽を取り頭を下げる。


「颯真くんも、克哉くんも、春佳ちゃんもせっかくのお休みにありがとね。お陰で助かったわ。これからも雪那ちゃんをよろしくお願いしますね」


 そして了さんに続いて、香織さんも頭を下げた。


「いや。僕らも貴重な体験させてもらってるし、バイト代貰ってるんで、全然です。全然」


 颯ちゃんが慌てて手を振って申し訳無さそうに応えるが、私も同じ気持ちだった。


 前の私にはない、貴重な体験。

 胸が高鳴り高揚する。


「ありがとうございました」


 私もその感謝を伝える為、颯ちゃんの後ろで頭を下げる。


「さあ。これからキャンプだろう?道具は準備出来てるから楽しんできなさい。雪那も色々教えてあげるんだよ」


「うん。もちろんよ。じゃあ行ってくるね」


「はい。行ってらっしゃい。気をつけてね」


 了さんと香織さんに見送られ、キャンプ場へと移動する。

 ここは了さんの知り合いがオーナーで、私達のために湖のほとりの一番景観の良い場所をとってくれていた。


「うわっすっげー景色綺麗じゃん!」


 キャンプ場内の林を抜けると視界が開き、湖が広がり桟橋の先ではマリンスポーツを楽しむ家族が見える。


「なあなあ颯真。テント建てる前に写真撮ろうぜ!4人でさ!」


「だな」


「よしっ決まり!ユッキーも春ちゃんも並んで並んで。今回は三脚になる自撮り棒だからな買って正解!いくぞー10秒前!」


 克哉くんが掛け声と共にこちらに走ってくる。

 颯ちゃん。雪那ちゃん。私。克哉くんと並び、皆最大の笑顔をカメラに向ける。


「ハイ チーズ!」


「おー超良い笑顔。共有するよー」


 そしてすぐに送られてきた写真は、みんな本当に楽しそうな笑顔で写っていた。


 私の知らない新しい記念の一枚。


 こんな写真がもっと増えるといいな。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る