第46話 初詣

 年が明けた1月1日

 元旦


「あんたの髪、結いやすいねぇやっぱり」


「そう?髪質はお父さん譲りだから柔らかいのかな。そこは感謝しなきゃねお父さんに」


「うふふそうね。でもそんな事言ったらお父さん泣いちゃうわよ」


「冗談よ冗談」


「初詣の時もそうだけど、お父さん。成人式の着物姿楽しみにしてるんだから。まあ貴方達はあと1年後ね。早いわねぇ」


「うん。一年なんてあっという間に過ぎちゃうよ」


 着付け前のヘアセットの為鏡の前に座り、お母さんに鏡越しに話す。


 一年。たった一年。本当に残酷な程早い。

 私の一年はあとたった3ヶ月。

 そのあとの事は……。ごめんなさい。お父さんお母さん。だから今精一杯の着物姿を見せておくね。


 今年の初詣。

 私はお母さんたちに我儘を言った。

 今年のお正月は着物で過ごしたいと。

 二十歳になる年だからと、無理矢理な理由を付けて。


 お父さんが成人式の着物を楽しみにしている。


 知ってた。

 知ってたよ。お父さん。

 だからもし、私が二十歳になれても成人式には出れなかったら。この姿を思い出して。

 お父さんともお母さんとも、写真いっぱい撮るから。


 後ろで髪を纏め、編み込みながら大きなお団子をトップに作り簪で纏める。お母さんはヘアアレンジが本当に上手だ。


 着付けを済ませ、お父さんの前に立つと、泣きながら写真を何枚も撮り、家族写真も撮った。やっぱり着てよかった。


「じゃあ行ってきたくるね」


「あぁ颯真くんによろしくな。あとでまた合流するから。お昼過ぎにな。お父さん達はしばらくしたら松笠さん達と行くから終わったら連絡するよ」


「うん。行ってきます」


 お父さんとお母さんに笑顔で見送られ、玄関を出る。

 少し前に颯ちゃんの携帯に一回着信を残しているからすぐに


「あっ…おっ」


 ちょうど玄関を出たところで、颯ちゃんも家から出て来て颯ちゃんが固まる。


「おはよう」


「おはよう。颯ちゃん。どうしたの?」


「いや。着物。と言うか。あの。全体的にというか。綺麗だなって。」


 着物。似合ってるかな?そんな不安が一気消え去り、頬が熱くなる。

 ありがとう颯ちゃん。でもそんな事私も恥ずかしくて言葉に出来なかった。


「うん。よかった…お正月だし……」


「行こうか」


「うん」


 微妙な空気を纏いながら、盆踊り会場だった神社へと向かう。あの日以上の混雑に、自分のペースで歩く事も出来ず履き慣れない草履に苦戦していると、不意に肩が参拝客とぶつかり、よろける。


「大丈夫か」


 その瞬間。

 両肩をしっかりと支えられ、優しく起こされる。


「ありがと颯ちゃん」


「人多いから気をつけろよ」


 そう言って私の手を握り、参拝客の流れへと戻った。


「うん」


 いつもと違うように見えるのは、奇跡を目の当たりにしているからだろうか。それとも死期が近いからだろうか。


 颯ちゃんの手の感触を確かめながら、この先の不安を押し殺し、今起こっているこの奇跡に対し、心の中を感謝の気持ちで満した。


 神様が見ていると思うと一層身が引きしまる。


 いつものように、鳥居の手前で神様に一礼をし鳥居をくぐる。

 神様の通る道を明け、階段の端を2人で歩き頂上を目指す。


 階段を上りきると視界が一気に開く。神社の境内は明け方に降った雪が所々白く染めていた。


 階段の直ぐ近くにある手水舎で、手と口を清めると神社にきた気がして、スッと身が引き締まる。


 人並みに逆らわず、拝殿に向かうと、正月だけの特別な賽銭箱が用意されていた。


 その大きな白布が敷かれた賽銭箱に、優しくいつもより多い金額をいれ、深々としっかりと二礼し、胸の前で手の平をずらして二回手を打つと、いつもより長めに神様にお祈りをする。

 本当はこんな我欲いけないってわかってる。だけど神様。今年だけは、"誓い"ではなく"願い"をお聴きください。

 私は願わずにはいられなかった。

 全ての願いを神様に届け、最後にまた一礼した。


「長かったな」


 一礼した私を確認し、颯ちゃんが口を開く。


「颯ちゃんこそ」


 でも私は知っている。私とほぼ同時に頭が上がっていた事に。何を願ってたの?そんな聞きたい気持ちをマナー違反だと抑える。


「くじでも引くか」


 毎年恒例のセリフ。

 お参りの後は御神籤を引いて御守りを買う。

 これが流れ。


 大吉


 開いた御神籤の結果に心が跳ねる。

 そしてその言葉に心躍らせた。


 恋愛

 一途に思えば 愛深まる 行動せよ。


 健康

 月は新月を経て 満月へと至る 信じよ。


 御神籤に背中を押された。

 健康の部分の言葉はよく分からなかった。

 それでもとにかく信じよう。この一途な想いだけわ。


 御神籤に背中を押され少し晴れやかになった気持ちのまま、神社の境内の屋台を巡り、御守りを買い、いつものように食べ物をいっぱい持った颯ちゃんと笑い合う。

 もちろん前には無かった思い出。前回の私は颯ちゃんと初詣に来ていない。颯ちゃんのいない家族と皆で来ていた。


 歴史変わっている。このまま私は颯ちゃんとの未来を夢見ていいの?

 そんな気さえしてしまう。


「帰ろっか」

 両手一杯の食べ物を全て食べ切ると、颯ちゃんが立ち上がり軽くお尻を叩き、手を差し伸べる。


「うん。 」


 颯ちゃんの言葉でまた我に帰る。

 その手をしっかり掴むと、優しく引き上げてくれた。


 離したくない。そう思いながらも恥ずかしさにまけ自然と手は離れていく。




 新しい一年に、新しい思い出。

 そんな当たり前の事に感謝し、そして来年もそうちゃんと来れますよにと願い、鳥居の前で本殿に向き直り一礼し鳥居をくぐった。


「あぁぁぁぁぁぁぁーーーー」


 その瞬間。

 あの日と同じくらいの激しい頭痛が襲う。


 神様どうして……。


 そして私は、必死に何かを叫ぶ颯ちゃんの顔をうっすらと見ながら意識を手放した。


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