第17話 尊敬の眼差し

 コンコンというノックの音で目が覚める。と言っても一瞬だけ目を閉じていた感覚。


 雪那ちゃん?どうしたんだろう……

 伝え忘れかな?


 何故か重い頭をなんとか働かせ、携帯を見ると携帯の時計は17:20を示していた。


 えっ⁈


 瞬間

 寝起きでモヤがかかっていた頭が、一気に醒める。


「春ちゃ〜ん。大丈夫?」


 返事がないのを心配した雪那ちゃんが、ドア越しに話しかける。


「うんっ!ごめん寝てたみたい!すぐに行くね」


 慌ててバッグから櫛と鏡を取り出し、少し乱れた髪を直す。

 本当に熟睡してしまったみたいだ。持っていたはずのマニュアルはソファーの下に落ちていた。


 ドアの横に置いてある姿見で、軽く服装を整えドアを開けると、階段の前で雪那ちゃんが待ってくれていた。


「ごめんね」


「ううん。私も寝ちゃった。颯くんも克哉くんも、さっき起こしたんだよ。あの2人は寝ぼけてたから今顔洗ってるけどね」


 そう言って、洗面所を指差すとタイミングよく洗面所の扉が開いた。


「おっ春ちゃんおはよっ。雪那ちゃんも起こしてくれてサンキューな」


 洗面所の扉が開くと頬を軽く叩き克哉くんが出てきた。チラッと奥を見ると今は颯ちゃんが顔を洗っているようだった。


「うん。皆んな寝ちゃったみたいだね。克哉くんも運転お疲れ様」


「いやー。2時間も寝るとスッキリするよな。おかげで疲れはとれた」


「たしかにな。おかげでスッキリしたわ」


 顔を洗い終わった颯ちゃんも克哉くんもスッキリした顔をしている。

 私は時計をみた驚きで、一瞬で目が覚めちゃったけどね。


「じゃあ回復したところで、皆んな手伝い。よろしくお願いします!」


 ペンションへと戻ると、何組かの宿泊客が1階のフロアにいた。そろそろディナータイムということもあり早めに下のフロアに来たのだろう。


 笑顔の子供たちが今日の出来事を興奮した様子で、お婆ちゃんらしき人と話している。


『la neige《ラ ネージュ》』は全部で13部屋。

 この時期は繁忙期ということもあり、今日から2週間。全ての部屋が埋まっている。 

 この一年でも最も忙しい時期だ。


 大小部屋の大きさは3タイプあるらしく、カップルや夫婦だけでなく先程の子供達のように2世帯以上の家族連れも泊まっていた。


 ペンション自体はこの季節だけでなく、一年を通してやっているが、この時期は忙しくても了さん達夫婦がお客さんとの触れ合いに時間を割きたいため、毎年従業員の他にバイトを雇っている。


 なので今回は、私達がバイトとして手伝いにきたという事だ。


「じゃあこれで一通りの説明は終わりかな。マニュアルが出来てから説明がホントしやすくなったわ」


 スタッフの一人の加奈かなさんが、私たちと同じマニュアルをパタンと閉じる。


「「「有難うございます」」」


「うん。分からないことがあったら近くのスタッフに聞いてね。誰もいなかったらマニュアル確認してもらっていいからね。とりあえずここまでで質問はある?」


 バイトの仕事は従業員の人達と変わらず、朝食とディナー時の配膳に家族風呂の準備 ベッドメイキング チェックイン チェックアウトの対応などで、一通りの説明を従業員の一人、加奈さんから実践を交え受けたが、マニュアル通りの説明で事前に読んでいた私達はすぐに覚えることができた。


「はいっ。加奈さんはつよしさんと付き合ってるんですか⁈」


「こらっ!真崎くん。そのような質問は今は受け付けません!」


「じゃあ後でしっかりと教えてください!」


「もうっ!」


 加奈さんは地元出身で『la neige《ラ ネージュ》』の開業当時からいる清潔感のあるショートカットの似合うお姉さんといった感じで優しく面倒見が良く、説明もわかりやすいベテランさんだ。


 何度か剛さんというスタッフさんと目が合っていたし、お互い意識してるんだろうとは思ってたけど……。

 加奈さんの反応が可愛らしい。たぶんお付き合いしているんだろうな。


 それにしても克哉くん……。よく見てるな……。


「はい。この話はおしまい。ではもう少し時間あるからマニュアルでも見直しててね」


 少し赤い顔を誤魔化すように。加奈さんが休憩室から出て行ていく。


 説明を聞いた後にマニュアルを見直すと、本当にマニュアルがやるべき事を網羅している事に、私達は素直に驚き実感した。


 説明中にも関わらずつい何度も雪那ちゃんを見てしまった程に。


 雪那ちゃんは本当にすごい。

 いくら仕事を理解していても、それを人に伝えるにはそれなりの技術やセンスがいる。


 分かっていても伝わらない。そんな問題をこのマニュアルが全て解決してくれる。それを高校生の雪那ちゃんが作ってしまった。


 私じゃ絶対に無理だろうな。文章としておこすことが出来ても、伝えられなくては意味がない。

 

 私は人に何かを伝えるのが苦手だ。


 そんなみんなからの視線に雪那ちゃんが照れ、頬をかきながら顔を赤くした。


 うん。やっぱり可愛いな。

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